Chapter 9-7

 水輝とあやめ、朔羅となぎさは、ロキ、エレイシア夫妻と対峙していた。


「いい目をしている。ふむ。どうやら、覚悟は決まったようだね」


 享楽の王は、諸手を広げて歓迎する。水輝が彼に向ける銃口は、一切のブレもなくその心臓へ照準していた。

 親殺し、大魔法使い殺し、神殺し。その全ての罪を背負って往くと、水輝は決めた。


「全属性元素、開放」


 親子の声が重なる。


「行きましょう、水輝さん」

「ええ。あやめさん、バックアップをお願いします。風代先輩、穂叢先輩は援護を!!」

「はい!」

「了解!!」


 水輝の銃口が火を噴いた。文字通りの火炎弾がロキを狙って瞬く間に空を切る。しかしそれを防いだのは、横合いから燃え上がる火炎の壁である。


 エレイシアが発した、まさしくファイアウォールと呼ぶべきそれは、火炎弾を呑み込み吸収してしまう。


「いい純度の魔力です。成長しましたね、水輝さん」

「ありがとうございます!」


 続いて水輝が連射するのは水弾である。しかしファイアウォールから飛び出す火球が、これを悉く相殺していく。


「くっ……!」

「水輝さん! 合わせます!」


 歯噛みする水輝だが、ここにあやめの援護が入る。彼女は背に放熱板のような翼――エーテルの羽を携え、これを矢のように放つ。


 エーテルの矢は水輝の撃つ水弾と重なり、火球を跳ね除けてファイアウォールを貫通する。


「成程。エーテルと合成する事で、反属性でありながら相殺されず貫通できるように仕立て上げたか。上手いものではないか」


 貫通した水弾が自身の頬を掠めても、ロキは微動だにせず、その効果に賞賛の笑みを湛えた。


 相反する属性の魔法がぶつかり合った場合、その威力に関係なく相殺される。が、今起こったのはそれを覆す現象だ。それはエーテルではなくとも実現可能なアイディアだったが、しかし二つの属性を合成し、その威力を倍増させるなどという器用な芸当は、やろうと思ってすぐにできることではない。


 まして、その魔法を先程使えるようになったばかりの娘が、だ。


「エーテル使いが援護に回っていては、流石の君も一筋縄ではいかないようだね? エレイシア」


 ロキはそれを、喜ばしいことだと言わんばかりの笑みで告げる。


「ええ、あなた。全くです。しかし、私も『エレメンタルマスター』などと呼ばれる身。そう簡単に自分の息子に負けるわけには参りません」

「同感、実に同感だエレイシア。我らにとって息子の成長ほど喜ばしいものはないが、然りとてそれをただ受け入れるだけでは親の役目としては半分以下だ。親というものはやはり、子供の成長を見守り、支える者でありつつ、同時に最大の壁でもあらなければ! 特に、父親というものは!」


 饒舌に語るロキの身に、黒く揺蕩うオーラが発生した。


 妖しく揺らめくそのオーラに、水輝たちは俄かにたじろいだ。いや、たじろがされてしまった。


 その、僅かに身を引いた動きの最中に、ロキの姿が消える。


「どこを見ているのかね?」


 声に振り向けば、ロキは瞬く間に水輝の背後を取っていた。振り返りざまに発砲すると、発車した風弾はロキのその身を貫いた。が、その瞬間にロキの身体は黒い霧と化して霧散する。


「狙いもいい。実にいい」


 どこへ、と考えた瞬間には、ロキは水輝の懐に潜り込んでいた。


「だが、 まだ届かないな」

「水輝さん!」

「月島君!!」


 ロキは手刀を繰り出し、水輝の胸を貫く。あやめとなぎさの声がこだまする中、為す術もなく倒れてしまうのだと、水輝自身も思いはしたが、しかし同時に実感がなかった。


 それもそのはずだ。水輝の身体を貫いたロキの腕は、その身体ごと霧となって再び霧散した。

 不可解な状況に困惑する水輝を他所に、


「次はこちらだ」


 声は四方八方から届き、


「さてーー」


 水輝の四肢を、頭部を、心臓を、穿つ一撃を放っては消える。


「あと何回死んでみるかね?」


 その全てを防げなかった。ロキが実体を伴っていれば、水輝は間違いなく死んでいた。それを何度も繰り返され、翻弄され続ける。


「あなたの方こそ……! まともに戦うつもりはあるんですか!?」

「大真面目だとも! ああ、そう! 真面目極まるとも!! エインフェリアとなる前の君なら、百万の命があったとしても私は倒せなかった! だが、今の君ならどうだ!? 五十もあれば充分ではないかね!?」


 これまでのロキの攻撃全てで、水輝は確実に死んでいた。それを五十で充分だなどと言われても、水輝にはそもそもロキの攻撃を防ぐ手段すら見えてこない。


 ロキの手刀が水輝の喉を貫く。


「そう、つまりだーー」


 これで、二十回は死んだ。


「あと三十、死ぬ前に私を斃したまえ」


 できなければ。実に優しい父親の声で、ロキは言葉を継ぐ。


「私とエレイシアと共に来なさい。いいね?」

「くっ……!!」


 水輝は双銃を乱射しながら大きくロキから距離を取る。


「すぐに分かりましたと言える程、諦めが良い訳ではありません!」


 水輝の身体を包むオーラが増大する。


「あやめさん!」

「はい!」


 水輝の元へとあやめが降り立つと、二人の周囲を七色の光の壁が取り囲む。エレイシアが四大元素の属性全てを融合させて作り上げた、最強の魔力障壁である。


 対して水輝は、無数の拳銃を発生させる。


「合わせてください!」


 両手のトリガーを引く。同時に全ての銃口が火を噴き、七色の光を帯びた弾丸が撃ち出される。これがあやめのエーテルの矢によってコーティングされ、絶大な威力を持って障壁を破壊する。


「ぐっ……!!」


 障壁を破壊され、エレイシアはその場に膝を付いて吐血する。そんな彼女の元に戻ったロキは、彼女の肩を抱いて声を掛ける。


「エレイシア、君は下がりたまえ」

「あなた、しかし……!」

「君を失ってまで水輝君に勝とうとは思わんよ」


 そこへ水輝の放った七色の光条が迫る。これを防ごうと黒いオーラを纏ったロキだったが、実際にこれを防いだのはエレイシアの作り出した魔力障壁である。


「エレイシア!」


 ロキは声を荒げた。腕の中でエレイシアの身体が揺らぐ。障壁は破壊されたが、水輝の攻撃も威力を殺され、止まる。


「これは、私たち家族の……大切な戦いです……! 私だけ、退く訳には」

「エレイシア……」

「お母さん……。立ちはだかると言うなら、討ちます。しかし戦えないのなら」

「心配は無用です、あなた。水輝さん。私は、戦え――」


 立ち上がろうとするエレイシアだったが、しかしその彼女の意識を奪ったのは、他でもない、ロキである。

 当て身でエレイシアを気絶させると、ロキは彼女の身体を抱きかかえて消える。直後、ロキは再びこの場に現れるが、そこにエレイシアの姿はなかった。


「エレイシアは安全な場所に送り届けて来た。……ふっ、今のこの世界で安全な場所と言うのもおかしなものよ。……まあいい。さて、仕切り直しといこうではないか」


 ロキの得体の知れないオーラに、鋭さが加わる。

 これに、水輝は勝負の時が来たと悟る。


「あと三十も必要ありません。次で終わらせましょう」

「君がそう望むのならばよかろう。果たして君が――君たちが救世の英雄たるか否か! 我が命を以ってここに示されん!」


 先に動いたのはロキだ。先手必勝とばかりに攻め込むその姿勢は、まさしく真っ向勝負。正面からの吶喊を、水輝とあやめは七色のエーテル弾を乱射して迎え撃つ。これに朔羅となぎさの援護も加わり、四方八方からの連続攻撃がロキへと迫る。


 しかしロキはこれを悉く回避しつつ、距離を詰める。先程までの距離の中程まで迫った所で、異なる動きを見せたのは水輝だ。彼はあろうことか、突撃してくるロキに対して同じく距離を詰め始めたのだ。


 ロキはその頬を歓喜と驚愕で歪めるという器用な真似をやってのけた。向かってくる息子のそれは、奇策か無謀か。


 ――どちらになるかは、結果が示してくれよう!


 間合いは一足飛びに詰められ、ロキによる必殺の一撃が放たれる。確実に急所を穿つ手刀による突きを、水輝は目で追いながら構わず踏み込んでいた。


 水輝の頭部を貫かんとするその突きは、その寸前でひしゃげて黒い霧と化した。僅かにだがロキは目を剥いた。そこにはエーテルによる即席にしてたった一瞬の魔力障壁が張られていたのだ。ロキの突きのタイミングに合わせて展開されたそれは、水輝と完璧に息を合わせていなければできない芸当――いや、ここまでエーテル弾を使って来た彼らならば可能だろう。


 しかし恐るべきはそれを実現させた胆力である。最初から障壁を展開して突撃しなかったのは、ロキの一撃を止め、且つ勝機を呼び込む為だ。ロキの攻撃はその全てが必殺である。だがそれ故に軌道は単純にして明快。更に大振りの為に予備動作として一旦離脱する必要がある。


 だがそれが分かっていたとて、ピンポイントで攻撃を防ぐ為にはある程度以上の予測が必要であろう。少しでも読み違えれば死ぬ、たった一撃の為の賭けに、かれらはその胆力を以って打ち勝ったのである。


「さようなら――お父さん」


 ロキの身体を光が包んだ。眩い光が黒い霧のようなオーラの拡散を防ぐ最中、ロキの心臓は七色の光条に貫かれた。

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