Chapter 9-2

「元魔……!」

「おいおい弟君、兄貴と姉貴をそんな風に呼ぶのはいけないと思うなぁ」

「いいじゃねェか兄者ァ! まだ衝撃の事実を知ったばかりで混乱してんだァ……。兄貴らしく大目に見てやろォぜェ!!」

「……ヨル兄様が珍しく、いいこと言った」

「あァん!?」


 元魔フェンリル、元魔ヨルムンガンド、そして元魔ヘルである。


「水輝さん、ここは通しませんよ」


 更に、エレイシア・サンクレールが続く。


「さて……。これで数の上ではほぼ互角と言えると思うが、いかがかね?」


 そして二人の更に奥から、京太が感じたプレッシャーの正体が現れる。


 魔神ロキ。全ての元凶と言っていい存在だ。


 京太は頬に嫌な汗が流れるのを感じながらも、不敵な笑みを作って見せる。


「……はっ、そいつぁ結構。予想外だが、こいつぁこっちにとってもチャンスだぜ? ここでてめぇらを一網打尽にできりゃあ、あらかたの事に片が付けられるんだからよ」

「ほう。それはそれで面白い」


 ロキは真っ直ぐに京太を見た。瞬間、黒い波動のような何かに身を包まれたような気がして、京太たちは思わず一歩、後ずさってしまった。


「――ぜひ、やって見せてくれたまえ」

「おおおおおおおおおおおおおっ!!」

「棗――!? 止めろ!!」


 京太の制止の声はしかし、既に雄叫びを上げて飛び出した棗を諫めることはできなかった。


「おっとォ!」


 乾いた音が弾け、棗の槍が止まる。


「それじゃァ、ウチの親父には届かねェ……なァ!!」


 棗の槍の矛先を掴んで止めたのは、ヨルムンガンドだ。彼はそのまま槍を掴んだ手を振り被り、槍ごと棗を上方へ放り投げた。棗はこれに抗えず、天井に激突。天井を突き破り上階へと消えてしまった。


「野郎の相手は俺って事でいいな、兄者ァ!」

「好きにしなよ」


 ヨルムンガンドは跳び上がり、天井に開いた穴へと侵入する。


「棗さん!」

「行くな紗悠里!」


 それを追おうとした紗悠里だったが、京太が今度こそ制止する。棗がいなくなってしまった今、紗悠里までこの場を離れられては、勝機が見えなくなる。


 紗悠里は歯を食いしばりながらその場に留まった。全員が、臨戦態勢で相手側を見やる。上階からは棗とヨルムンガンドが戦闘を繰り広げているのか、激突音が断続的に聞こえて来る。


 エスカレーター下の金時計が、針を進める音がする。


「じゃあ――」


 フェンリルが一歩、前に出た。


「始めようか」


 指を鳴らす音がして、フェンリルの姿が消えた。否。一瞬にして京太たちとの距離を詰めたのだ。これにいち早く反応したのは紗悠里である。


「おっと、君はこの間の……」

「あなたは……!?」


 振りかぶった掌に氷を纏い、掌底として打ち出さんとしたフェンリルの前に、紗悠里が躍り出る。抜き放った刀の鍔でこれを防ぐと、フェンリルが掌に纏った氷の冷気が周囲に拡散し、一帯の温度を下げる。


 そして仕掛けて来たのはフェンリルだけではなかった。フェンリルの動きに対して紗悠里が反応したのを察知し――いや、それはむしろ、紗悠里ならば反応してくれるだろうという信頼に他ならなかった。紗悠里がフェンリルを止めてくれると信じて、彼女が動き出すよりも早く、京太はフェンリルから視線を外して背後を振り返った。


 京太の目に映ったのは、神速の閃光が空に迫る瞬間だった。京太は体勢を低くして踏み込み、一足にて閃光の斜線に鞘に収まったままの『龍伽』を滑り込ませる。


 金属同士のぶつかり合う音と共に、閃光の中からゲイルの姿が現れる。


「よく反応したね、扇空寺京太!」

「てめぇのその癖のお陰で……なっ!」


 京太は『龍伽』を振り抜く。ゲイルはこれに抵抗することなく身を引き、バックステップにて後退。

 それを追撃したのは、互いに予想していなかった一撃だった。


 突風が京太の横を吹き抜け、水流を伴ってゲイルを襲う。これにゲイルは指を弾いて更に大きく後退する。


 京太に背を向けたまま、空が口を開く。


「ごめん、京太。あの人の相手だけはあたしにやらせて」

「空、お前――」

「あたしね、許せないの。あの人も、あたし自身も。だから――」

「気にすんな」


 訥々と喋る空がどんな気持ちでいるのか、京太は察した。彼女は薬に侵されていた間の事をはっきりと覚えているのだ。


 京太は空の隣に並び立つ。


「俺はちゃんと生きてるし、悪いのはお前じゃねぇ。……けど、お前がどうしてもやりてぇってんなら、行って来い。ただし、死ぬんじゃねぇぞ」

「……うん。ありがとう、京太」


 京太が拳を差し出すと、空もそれに拳を合わせて、ぎこちなくはにかんだ。


「へぇ、あんた一人で、ねぇ」


 ゲイルは懐から錠剤を取り出し、それを乱暴に口に含んで噛み砕く。


「できるもんならやってみるといいさ、一般人!」

「あたし、あなたのせいで普通の人間じゃなくなったんですけど。分かって言ってます? それ」


 空は両腕に水流を纏わせ、再び背の双翼をはためかせてゲイルとの距離を瞬時に詰める。

 空が自分の戦いを始めたのに合わせて、京太は振り返った。


「きゃっ!?」

「大丈夫か、朔羅」


 その瞬間、京太の許まで吹き飛ばされて来た朔羅の身体を受け止める。


「う、うん! ありがとう」

「礼はいい! 避けろ!」

「え、うわ、ちょちょっ!?」


 そのまま朔羅の身体を右へ突き飛ばし、京太自身は左へ横転する。左右に開く形になった二人の間を、一筋の光刃が切り裂いていく。


 床に跡を残して消え去った光刃の、出所を見やる。


「朔羅、野郎は俺に任せて、お前は他の皆を援護してやってくれ」

「……うん。分かった」


 駆け出す朔羅に矛先が向かぬよう、瞬時に彼奴の懐に飛び込める体勢を取る。しかし彼奴は最早京太と戦うことしか頭にないのか、それとも騎士道精神とやらの賜物か、横を通り抜ける朔羅には目もくれなかった。


「結局、こうなっちまったら――」


 今の京太はこちらの指揮系統を司る立場にあった。不動の仇は打たねばならないが、それ以上に全員の生存率を限りなく上げることが、今の京太にとっての最重要事項だった。だからこそ、機関の三人が現れた場面では十対三を選択したのだが、現状では数の利はないに等しい。


 つまり数に於いてほぼ互角であるこの場面、選択肢は全員での乱戦、もしくは各人がそれぞれに相手を見定めての決闘に絞られる。乱戦ならば互いの力量差を埋めるチャンスも多分に見い出せるが、それ以上に生存率が著しく低下する危険性がある。


 ならばここは、互角に立ち回れる相手との決闘を選択するしかない。となれば、この場で彼奴と鎬を削れるのは力量・相性を鑑みても京太だけだろう。


 京太は『龍伽』を抜き放つ。


「――てめぇの相手は俺がするしかねぇな、『蒼炎』の!」

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