Chapter 8-5

 水輝は一丁の拳銃を精製した。それを両手で持ち、ロキに向けて構えた。


「それで、私を撃つのかね?」


 しかしロキは、銃口を向けられても尚、全く崩れない笑みで問う。


 銃声。


 水輝の撃った弾丸は、ロキの身体を掠める事すらなくあらぬ方向へ飛んで行く。

 ロキはそんな水輝の方へ歩み出す。


 銃声。

 銃声。

 銃声。

 銃声。


 ただの一発も、ロキには当たらない。


 やがて、水輝の傍まで歩み寄って来たロキが、彼の手を掴んだ。


「止めておきたまえ。こんな震えた手では、この距離でも私を殺すことはできん」


 水輝の手から、拳銃が滑り落ちた。魔力でできたそれは、床に落ちると光の粒になって消えた。


「……あなたは、僕の……。いや、京太君の敵ですか」

「ふむ、どうかな。彼は君と同様、私の手で作り上げた物語の主人公だ。世界が望むのなら、私はよろこんで彼の敵役を買って出よう」

「そんな理由で……!」

「いけないかね? 私はこの世界の歴史に残る最高の物語を作り上げる為だけにここにいる。未だ生きている。私の存在理由など、もはやそれしか残されていないのだからね」


 ロキは手を離した。彼は水輝に背を向けて、部屋の奥へと歩き出す。


「元魔の門は開き、終焉の魔神はこの世界に再臨した。この運命に抗うかね? そうでなければ、この世界の行く末を、そこから眺めているといい」

「……結構です」


 水輝は再び拳銃をマテリアライズさせた。今度は二丁だ。


「やはりあなたは僕の敵だ。……例え、あなたが僕の父に変わりはなくとも!」


 ――制限回路、四大元素系全開放【リミッター、オールエレメントフルオープン】。


「君に出来るのかね? 私の妻と同じ力を使い、実の兄と姉を殺して、ね」


「……一つだけ、聞きたいことがあります」


 水輝は銃口をロキへ向けたまま、口を開いた。


「何かね」

「……月島正輝はお母さんを――エレイシア・サンクレールを女性として愛していますか?」


 この質問に、ロキの顔から笑みが消えた。


 しばらく目を伏せたかと思うと、彼は水輝に背を向ける。


「……私が愛することのできる女性は、アングルボザだけだと思っていた。それが答えだ」

「……分かりました」


 それだけを言って、水輝は引き金を引いた。


 銃声と共に風弾が真っ直ぐにロキへと発射される。彼の頭部を確実に狙い穿つその凶弾はしかし、


「おっとォ!」


 ロキと水輝の間に割って入ったヨルムンガンドが掴み取った。


「……弟君、敵になるのね」

「残念だったね、ヘル。やっと下ができたばっかりだっていうのに」


 更に銃声が三つ。


 それらはそれぞれ、三柱の元魔へ向けて放たれていた。

 彼らは難無くそれを撃ち落とす。


 その一瞬の間に、水輝は転移魔方陣を展開してこの場から消えた。


 水輝の消えた地点をじっと見つめながら、ヘルが口を開く。


「……フェンリル兄様。弟君、もう一度来るかな」

「来るでしょ。自分の父親が敵なんだから、決着は付けるよ。男の子だしね」

「……そう。なら、全力で遊んであげなきゃ」

「おいおいヘルよォ、あんま恐い顔してんじゃねェぞ!」


 あれこれと言い合う三兄妹を尻目に、ロキは呟く。


「……彼の物語の最後の敵は私か。ふっ、それも面白い」


     ※     ※     ※


 天空の黒輪が元魔の門として開いてしまった。

 シュラとの戦闘で防戦一方と化した姫奈多たちは、ツインタワーからの脱出を余儀なくされた。


 窓ガラスを破り、あやめを抱えた美里が外へ出る。シュラと交錯しながら姫奈多がそれに続く。そのまま彼女らは魔の軍勢の只中に着地した。朔羅たちと合流するも、そこは敵に囲まれた死地であることに変わりはなかった。


 同じく地面に降り立ったシュラの元に、綾瀬、シロッコ、ゲイル、空が合流する。


 絶体絶命。元魔の門が開いた今、京太の安否すらわからない。


「……すべて、師匠の予言通りですか」


 姫奈多は呟き、あやめに振り返る。


「お姉様。あなたに私のヴァルキリーの力をお渡しします」

「え?」

「あなたにはその為に、私の師匠――あなたのお婆様であらせられるイリス・ウィザーズから、魂の器を引き継いでいます。だからあなたは、師匠と同じ名前を与えられているんです。そして、弟子としてヴァルキリーの力を受け継いだ私があなたにこの力を届ける為、義姉妹と言う形で縁を繋いでくださった」


 姫奈多の身体が白く輝く。その輝きは姫奈多の身体を離れ、あやめの身体を包み込む。


「――さようなら、お姉様。師匠が愛したこの世界を、よろしくお願いします」

「ひな……た……?」


 姫奈多はエーテルの翼を展開し、シュラたちの元へ吶喊する。


「第五元素、エーテルは霊子――魂の力です。あなたたちの魂を縛り付けているそれを、この力で浄化します!」

「姫奈多!!」


 あやめの叫び声が届いたのか否か。姫奈多は彼女に向けて薄く微笑む。


 姫奈多はその背の翼から、羽を飛ばした。羽はまっすぐに、綾瀬と空の胸に突き刺さる。それは彼女らの中から何かを吸い上げるように黒く染まっていき、やがて爆発するかのように散った。


 二人が憑き物が落ちたかのように表情を取り戻す。

 それを見て、姫奈多は微笑みながら目を閉じ、身体は落下を始めた。


「姫奈多あああああああああああああっ!!」

「お嬢様!!」


 姫奈多の身体を受け止めるべく飛び出したのは綾瀬だった。彼女は抱きかかえて飛び上がると、そのまま姫奈多の身体をキャッチしてあやめたちの元へと降り立つ。


「姫奈多! 姫奈多!!」

「大丈夫です。まだ息はあります」


 綾瀬の言葉に、あやめは息を吐く。

 姫奈多の身体を綾瀬から受け取り、抱き締めると、顔を上げた。


「お願いです。たった今、私はヴァルキリーになりました。みなさん、私のエインフェリアになってくれませんか?」


 それは血筋の成せる業なのか、それともそういうシステムであるのか。

 あやめは、姫奈多からヴァルキリーの力を受け取った瞬間から、その力の使い方を理解していた。

 そして、この力がなくてはこの戦いは切り抜けられないことも。


「分かりました、あやめ様」

「私は大丈夫だよ、あやめちゃん」


 綾瀬と美里が頷く。


「勿論よ。あなたに頼まれて断る理由なんてないわ」

「どーんと任せなさい、だよ!」


 なぎさと朔羅も了承するが、


「あの、エインフェリアって?」


 と、空が言うのでなぎさと朔羅が説明を開始する。


 その間に、綾瀬と美里との契約を始める。あやめは目を閉じ、意識を集中させる。綾瀬と美里の中に流れる力の回路を感知し、自身の回路と同調させていく。


 綾瀬と美里の身体が淡い光を帯びる。これだけで、彼女らの中に強い力が生まれた。

 瞬間、綾瀬と美里は動いた。これまで敵を食い止めてくれていた紗悠里と棗の前に躍り出て、それらを屠っていく。


「うん、理解した! 私もなるよ、エインフェリア! そうすればみんなと一緒に戦えるんでしょ?」

「はい! よろしくお願いします、空さん!」


 空もなぎさと朔羅の説明を理解したようで、あやめの申し出を許諾する意思を示した。


「私もお願いします、あやめ様」

「俺も大丈夫です!」


 紗悠里と棗もそれぞれに申し出る。

 そこへ、


「僕もなれますか、あなたのエインフェリアに」

「水輝さん!」

「水輝君!」

「月島君!」


 転移魔方陣と共に現れた水輝に、あやめ、朔羅、なぎさがそれぞれ声を上げた。


「この事件の全ての元凶は、どうやら僕の父・月島正輝――『黒翼機関』の王・ロキの仕業のようです。なら、僕はどうあっても彼を止めなければならない。……僕を一緒に、戦わせてもらえますか?」

「勿論です!」


 あやめはすぐさま契約を開始する。


 その場の全員の身体が光を帯び、契約は無事に完了した。


     ※     ※     ※


「返しやがれ! そいつぁ俺の身体だ!」


 京太は暗黒の空間の中、『龍伽』を振り下ろす。

 すると空間が切り裂かれ、京太はそこから外へと躍り出る。


 ここで京太の意識は一旦ブラックアウトし、次に目を開いた時、赤く染め上げられた夜空がそこにあった。

 だが身体が思うように動かない。まるで縛り付けられているような感覚。


「う、おおおおおおおおおおおおお!!」


 それを引き上がそうと、京太は咆哮を上げながら全身を前に動かした。

 背中から何かが取れて行くかのような感覚を覚えながら、京太の身体は自由を取り戻していく。


 やがて身体を縛る何かを全て引き剥がした時、京太は勢い余ってつんのめる。その勢いを咄嗟に利用し、受け身を取って立ち上がる。


 振り返れば、そこには京太の身体を失い元々の影のような姿になった終焉の魔神がいた。


「扇空寺京太……!」

「よぉ、クソジジイ。お前ん中にいた鈴詠は助け出させてもらったぜ」


 京太は魔神の周囲にひしめく元魔たちを一瞥して、続ける。


「ここは一旦退かせてもらうぜ。またな!」


 とん、と軽く床を蹴り、京太はツインタワーの屋上から身を投げ出した。そのまま、遥か下方に見える皆の元へ着地する。


「お兄ちゃん!」

「よう、あやめ。やっと合流できたな……。姫奈多も、お疲れさん」


 そっと彼女の頭に手を乗せ、撫でてやる。そう言えば、こいつにはこんな兄貴らしい事は一度もしてやれなかった。


「……姫奈多から、ヴァルキリーの力を受け継ぎました。この力は本来私の元にあるべきものだって。だからお婆様は私に同じ名前をくれたんだって、言ってました。お兄ちゃん、私のエインフェリアになってくれませんか?」

「お安い御用だ。この命、お前に預けるぜ」

「ありがとうございます、お兄ちゃん」


 あやめが目を閉じて念じると、京太の身体が淡く光を帯びる。


「これは……、鈴詠、さん?」


 ――久し振りだね、あやめちゃん。京太君が助けてくれたから、私は今、ここにいるよ。


 京太との回路を繋いだことで、あやめは鈴詠の存在を感知したようだ。鈴詠の声にあやめが微笑む。


 京太とあやめの契約が終わり、皆が一度集う。


 京太は彼らの前に出て、『黒翼機関』と対峙する。


「行くぜ、皆。俺たちが生き残らなけりゃ、散って行った奴らの願いも希望も、未来には繋がらねぇ。最後の大合戦だ、絶対に生きて帰るぞ!」


 皆の答える声を背に、京太は携えた『龍伽』の柄に手を掛ける。


「四条あやめがエインフェリア、扇空寺京太。推して参る」

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