Chapter8 すべての命のための希望
Chapter 8-1
水輝が目を覚ますと、そこは見知らぬ一室のベッドの上だった。部屋は特に飾り気がある訳でもないが、ゆったりとした広さと清潔さを兼ね揃えた、上質な一室であった。
「おはようございます。気分はどうですか、水輝君」
「お父、さん……?」
ベッドの脇には、父・月島正輝の姿があった。いつも通りの微笑みを見せる父だが、意識を失う寸前まで極限状態にあった為か、どこか現実感がない。
「貴方が廊下で倒れていたと聞いて、心配しましたよ」
そう言って正輝は、水輝の肩に手を乗せる。大きな手に優しく叩かれ、水輝は安心感を覚える。正輝はビジネスマンと言うより、アメフトかラグビーの選手だと言われた方がしっくりくる体躯を誇る。仕事中は厳格だが、家では温和で、息子である水輝にすら敬語を使う。
「そう、でしたか。済みません、ご迷惑をお掛けしました」
「そんな畏まらないでください。息子に迷惑を掛けられるのは、親として光栄な事なんですから。特に私のような、あまり傍にいてあげられないような父親には、ね」
正輝の微笑みに、水輝は少し困ったように笑みを返した。
「まだ休んでいてください。大事があるといけませんからね」
「いえ、大丈夫です。それより、僕には行かなければいけない所があるんです」
「ふむ?」
水輝は真剣な眼差しを父へと向ける。
「お父さん。『黒翼機関』、という組織をご存じですか?」
当然水輝は、父が首を横に振るものだと思っていた。
だが。
「……ええ。知っています」
父は笑みを消して、頷いた。
「そんな……」
「怖い顔をしないで下さい、水輝君。……いいでしょう。全てをお話しする時が来たようですね」
正輝は立ち上がった。
「立てますか? あなたに見せたいものがあります」
水輝はベッドを降りて立ち上がる。正輝は移動を始めた。水輝はそれに後ろから付いて行く。
廊下に出ると、そこはまるで古城のような場所であった。煉瓦が敷き詰められて形作られた空間は、今いたはずの現代的な部屋とはかけ離れた趣である。
「全て、知っています。エレイシアが魔法使いであることも。あなたがその力を受け継いでいることも。『黒翼機関』の事も、長谷川君がその組織の一員であることも」
全て。正輝は歩を進めながらそう語った。
全てを知りながら、しかし水輝の前ではそれを悟られないよう努めていたと言うのか。一体、何故。
「着きましたよ」
正輝は辿り着いた部屋のドアを開いた。
ドアの奥は深淵に満ちていた。暗がりの中へ、しかし正輝は何の躊躇いもなく足を踏み入れる。水輝は唾を呑み込み、後へ続いた。
深淵の中、一つ、また一つと炎が灯る。少しずつ開けていく視界の中に、うっすらと人の姿が見えてくる。
「へぇ、君だったのか」
その中の一人が水輝に話し掛けてきた。炎に灯されて揺らめくその姿は、初めて見る少年のものだった。年の頃は水輝と同じくらいだろうか。長い銀髪を一つに束ねた、利発そうな少年である。
彼の口振りは、水輝の事を知っているようなものだったが、しかし水輝には彼の姿に見覚えがない。
「分からないかい? まあ、幻影の俺はやたらと偉そうだし、仕方ないか。あんまり、ああいうのは好きじゃないんだけど……」
少年は一度顔を伏せ、息を吐く。そうして再び顔を上げると、
「仮初の姿では世話になったな。我が名は元魔フェンリル。ついこの間の戦いを忘れたとは言わせんぞ」
その声、その気迫に水輝は驚愕する。間違いなくそれは、先のラグナロクとの戦いに於いて相対した、狼の姿を象った元魔のものであった。
「おい兄者ァ! あんまビビらせてんじゃねぇぞ!」
続いて暗闇の中から姿を現したのは、トサカのような真っ赤なモヒカンに、三白眼が特徴的な、長身の男だった。どう見ても年齢はフェンリルよりも上だが、彼のことを兄と呼ぶ彼は。
「よォ、また会ったな。元魔ヨルムンガンドだァ……よろしく頼むぜェ!」
「……兄様の方が、恐い」
更に、幼い少女が姿を見せる。闇に溶け込みそうな程に黒く、長い髪で表情を覆い隠した少女は、か細くもはっきりと耳に届く声で名乗る。
「……初めまして。元魔ヘル。よろしく、新しい弟君」
「おとう、と……?」
思わず漏れた声が聞こえてか、正輝が肩越しに振り返りながら言う。
「済みません、水輝君。ですが――こうしてタイミングを計った方が、より驚いてもらえると思ったのでね」
振り返る正輝の顔には、笑みが湛えられていた。
「我が真名を名乗ろう。我が名はロキ。神話の時代から今を生きる、唯一の神だ」
初めて見る、父の不敵な笑みに、水輝は戦慄し、膝から崩れ落ちた。
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