Chapter 7-5

 辿り着いたのは、駅ツインタワーだった。空高くそびえる、一対の高層ビルの更に上空に、あの漆黒の輪が浮かんでいる。


 京太は駅構内へ足を踏み入れる。エスカレーターの麓に金時計の輝く、吹き抜けのエントランスだ。人影は一つもないが、辺り一面に満ち満ちている気配はどうやら、隠すつもりもないらしい。


「言われた通り一人で来てやったぜ! 出てきな、『疾風』の!」


 京太の声に呼応してか、どこからともなく、ゲイルの姿が金時計の上に現れる。


「いい心がけだね。他の連中は外で待機かい」


 と、ゲイルは懐から何か、ケータイのような装置を取り出して京太の足元に放った。

 京太はそれを拾い上げて確認する。どうやらレーダーの類らしい。周辺の地図が画面に表示され、紗悠里たちのいる筈の位置にランプが点滅していた。


「……成程な。四条の邸まで追って来れたのはこいつのお陰って訳か。ネタばらしするってこたぁ、もうこいつは用済みかい?」

「ああ、そうだね。今頃は外でドンパチ始まってる頃だろうさ」

「そいつぁ結構。そんじゃ――」


 京太はレーダーを床に叩き付ける。更にそれを踏み潰し、バラバラに粉砕してしまう。


「こっちも始めようじゃねぇか」

「上等だよ!」


 ゲイルが指を弾く。彼女の姿が消えると共に、京太の周囲に黒い旋風が幾つも巻き上がる。犬、猫、猿の姿を象った魔どもが旋風の中から現れる。


 ゲイルの姿は京太の背後にあった。閃光のような刺突を、しかし京太は感じた気配だけを頼りに避ける。再びゲイルが指を弾いた時にはもう、体勢を崩した京太目掛けて、魔どもが襲い掛かって来ていた。


 対して京太は、鬼の力を解放した。灼眼が魔どもの姿を捉え、狩り尽くさんと狙いを定める。崩れた体勢にも関わらず、その圧倒的な膂力を以って『龍伽』を振り下ろす。この一刀を叩き付けられた犬型の魔が絶命する。同族の犠牲には目もくれず、京太へ飛び掛かって来た犬型の魔の頭部を左手で掴み、そのまま握り潰す。頭蓋骨の砕ける音を立てながら絶命したそれを、猫型の魔に投げ付ける。


 と、右手に持つ『龍伽』の重みが増した。猿型の魔が、鞘に飛び付いて来たのだ。京太は釣りのように『龍伽』を振り上げる。が、猿型の魔は鞘に取り付いたまま離れない。京太は鞘を掴んだ。そのまま手前に引き、猿型の魔へ頭突きを見舞った。


「人質を取られてる側って面構えじゃないねぇ。あの子の命がどうなってもいいのかい?」

「んな訳ねぇだろ。さっさとてめぇを取っちめて返してもらうさ」

「――どうやら」


 突風が吹き荒れる。繰り出された白銀の剣戟へ、『龍伽』を重ねる事で払い除ける。


「まだ心は死んでいないようだな」

「『暁』!」

「宝具を出せ、『疾風』。神埼空がこちらにあろうと、今の奴はなん。ならば我らの全力を以って叩き潰すのみ」


 ゲイルはシロッコの言葉に頷いた。


 瞬間、二人の姿を覆い尽くす程の光が――灼熱のような赤い光が包む。


 たった一瞬の光が、二人の姿を変えた。紅蓮の甲冑に身を包んだ二人の姿は、まさしく騎士と呼ぶに相応しい。


「我が名はシロッコ。『暁』の二つ名を拝命した、『黒翼機関』がエキスパート。我が宝具、『ガラティーン・レプリカ』の刀の錆となれ、扇空寺の鬼よ」


 その手には、一振りの両手剣が。


「我が名はゲイル。『疾風』の二つ名を拝命した、『黒翼機関』がエキスパート。我が宝具、『マスカレイド・レプリカ』の舞に散れ、扇空寺の鬼」


 その手には、一振りの細剣が。


「扇空寺京太。推して参る」


 京太は『龍伽』を正眼に構えた。


 激突。『龍伽』と『ガラティーン・レプリカ』の剣戟が重なり、金属音を立てて互いを弾く。騎士としての真の姿を顕現させたシロッコの剣は、ただひたすら、愚直なまでに、だがそれ故に何よりも苛烈にして怒涛であった。


 一撃一撃が重く、鋭い。これがこの、『暁』の二つ名を持つ男が極めた剣か。


 京太は一旦、楯の型『朧』での防御態勢へ切り替える。


 ――扇空寺流『朧楓』。


 シロッコの振り下ろす斬撃を、身体の軸をずらしつつ、『龍伽』を重ねて受け流す。返す刃の刀身を横から叩き、その反動も利用してバックステップで距離を取る。


 一対一であればここからの反撃を狙う所であるが、しかし。


 転移は横からだった。猛毒を持つ針のように、神速の突きが京太の側面から襲い来る。


 ――扇空寺流『朧柳』。


 上体を逸らしながら、下から掬い上げるかのように『龍伽』を振り上げる。ゲイルは刃を弾かれるも、刺突の勢いを緩めるどころか、弾くほどに鮮烈さを増しているのではないかと錯覚させる程の連撃を繰り出して来る。


 しかし京太も、それを下段に構えた『龍伽』の刀身で、丁寧に弾き返していく。


「『マスカレイド』!」


 ここでゲイルは、手にする宝具の名を高らかに叫んだ。京太に剣を返された瞬間、細剣を両手で持ち、振り上げる。何をする気だと思った瞬間、振り下ろされた刀身が両刃の大剣へと変化する。


 ――扇空寺流『朧桜』。


 予想を大きく超えた斬撃をいなすべく、京太は『龍伽』を振り翳そうとする。だが驚きに反応が鈍ったか、ゲイルの剣の方が速く、京太の肩口を捉える。


 左肩に走る痛みに口許を歪めながらも、京太は『龍伽』を振り切った。結果、ゲイルの剣を大きく弾き返しはしたものの、京太は肩にダメージを負い、且つ現状では最悪と言っていい程の隙を見せる体勢となってしまった。


 その隙を、この男が見逃す筈もない。シロッコの持つ烈火の剣が、京太の正面から彼の首を狩る為に薙ぐ。


 ――扇空寺流『炎牡丹』。


「おおおおおおおおっ!」


 咄嗟に京太は、『龍伽』をさも地面に叩き付けるかのような勢いで振り下ろした。京太の首が切り裂かれる、その寸での所で、金属同士が不格好にぶつかる、特有の鈍い音が鳴り響く。『ガラティーン・レプリカ』の刀身を叩き落とし、京太は距離を取る。


「くっ……!」


 さしものシロッコも、これには剣から手を離さずにはいられなかった。ガラガラと音を立てて剣が床に転がり落ちるが、模造品とは言え流石宝具だけはあるということか、『ガラティーン・レプリカ』の刀身に傷付いた様子は見受けられない。


 シロッコの手は止まるが、京太には休まる暇も与えられない。続けてゲイルが、転移を繰り返しながらこちらへ迫る。現れては消え、現れてはまた消える。タイミングを取らせないつもりか。加えて、『マスカレイド・レプリカ』の持つ特性だろう。細剣と大剣を瞬時に切り替えながら繰り出される、変幻自在の剣戟は中々に厄介だ。


 どこから来る。京太はその姿の行き先と、最後に繰り出されるであろう剣の位置を予測しようとする。いや、予測は無意味だ。むしろここは先の決闘でもやったように、転移の際に指を弾く、あの音に合わせて呼吸を読んでいった方がいいだろう。


 指を弾く音が幾重にも重なるかのように聞こえる中、京太はここだと確信する。最後の音が鳴ると同時、京太は背後から放たれる剣線の気配を確かに感じていた。これを弾こうと、京太は振り向きざまに『龍伽』を振り上げようとする。


 だが、その瞬間ゲイルの姿が消えた。無音だった。


 瞠目する間もなく、振り返ろうとしている京太の、その後ろから刺突が迫る。いくら京太と言えど、これに反応する術はない。


 神風の如し刺突が、京太の心臓を穿つ。


 ――かに思えた瞬間だった。


「あんたは……!」


 その介入は、ゲイルですら予想外だったようだ。

 気流が巻き上がり、京太とゲイルの間に割って入る人物の姿があった。漆黒の翼を携え、京太に背を向ける彼女は、ゆっくりと振り返る。


「京太君――」

「空――」


 水流を纏った手刀が、京太の胸を貫いた。

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