Chapter 7-3
身体を捻った瞬間、確かに胸を押される感覚があった。
最後に見た彼女の唇は、確かにこう動いていた。
――ごめんね、と。
「若様! 若様ぁっ!!」
身体を揺すられる感覚と同時に、紗悠里の声がして、京太は目を開ける。
「若様……!」
京太が無事だった事にホッとしたのか、紗悠里は安堵の表情を見せる。
「紗悠里、棗」
「若、ご無事で……!」
「ああ、お前らもな」
京太は身を起こす。傍には紗悠里だけでなく、棗の姿もあった。
「お兄ちゃん!」
と、そこへ後から追い付いて来たのだろう。あやめと美里も駆けて来る。
「お。あやめと美里も大丈夫みてぇだな」
「はい。でも……」
あやめの言葉が続く前に、京太は立ち上がる。
「紗悠里。『龍伽』はどこだい?」
「はい。地下の武器庫をお借りしております」
「そうか。んじゃ、ちょいと取って来るわ」
柳のような飄々とした足取りで、京太は皆の横を通り抜けて、邸の玄関へ向かう。
「若様」
「ん?」
紗悠里の声に、京太は振り返る。
「行かれるのですね?」
「まぁ、来いっつってんだから、行くしかねぇだろ」
「分かりました」
紗悠里は京太の前に跪く。棗もそれに倣った。
「お供致します、若様。空さんを奪われたのは私たちの責任です。どうか、責務を果たす機会をお与えください」
そんな二人に、京太は困ったような顔をして頭を掻く。
「おいおい、気にすんなって。別にお前らのせいじゃねぇよ。いいから、ちっと休んどきな」
「ですが……」
「つうか、俺一人で来いっつってなかったっけか、あいつ。ま、どっちにしろ少し休んだ方がいいだろ。さっさと中入ろうぜ」
ひらひらと手を振り、京太は軽い足取りで邸内へ向かった。そのまま、『龍伽』を納めたという地下の武器庫へ足を延ばす。
武器庫には刀剣から銃器まで、多様な武器が揃えてあった。現代日本にこんな所があるのは極道の家くらいだと思っていたが、そうでもないらしい。
ともかく、木を隠すなら森、という事か。『龍伽』を見付けるには、この刀剣の山の中を虱潰しに探すしかなさそうだった。
「は、こいつぁ骨だねぇ」
ぶつくさ言いつつも、京太は剣の山の前にしゃがみ込み、『龍伽』を探し始めた。
「お兄様」
「ん?」
声に振り返れば、扉の前に姫奈多の姿があった。京太はその姿だけ認めると、『龍伽』の探索に戻り、山を漁りながら声を掛ける。
「よう、姫奈多。綾瀬から聞いたぜ? お前も水輝んトコに行ってたんだってな」
「ええ。夕食にお招き頂いたので」
姫奈多の声も表情も、京太を鋭く刺すかのような剣幕だったが、京太は全く意に介した様子もなく、『龍伽』探しに勤しむ。
「『龍伽』をお探しですか?」
「おう。お前も手伝ってくんねぇか? この山ぁ結構骨だぜ。紗悠里の奴、どの辺に隠しやがったんだか」
「嫌ですわ。お姉様たちからお話は伺いました。明らかにお兄様のご様子がおかしいと言う事でしたので、直接確認に参りましたが、確かに重症の様ですので」
「様子がおかしい、ねぇ。まあ、自覚がない訳じゃあねぇが、少しは気の利いた言い回しがあんだろうに。つうか、こんだけ一辺に大事なもん失くして、まともでいられる方が頭おかしいだろ」
「……失礼しました。ですがそのご様子ですと、少なくとも死ぬ為にで一人で行くつもりのようにしか見えませんわ。死ぬ覚悟と、死ぬつもりでは全然意味が違いますでしょうに」
「んー、死ぬかどうかなんざ考えてなかったけどよ、人質取られちまって、条件呑まねぇってのはなぁ、ちょいとマズイだろ」
「だからと言って敵にへりくだるのですか? そんな、お兄様らしくありませんわ」
「俺らしく、かい? じゃあ例えば、お前の言ってる俺らしい俺ってのは、こういう時なんて言うんだい?」
「決まっています。ただ一言、俺に付いて来いとさえ言って頂ければ。それだけで、迷いも不安も振り切って、お兄様の後ろに付いて行ける方がいらっしゃるのを、ご存じないのですか?」
「止めてくれよ。俺の後ろなんざ付いて来ちまったら、命が幾つあったって足りやしねぇ。俺ぁもう、そんなんで大事なもん失くしちまうトコなんざ、もう見たかねぇ――」
背後の姫奈多が動く気配がした。肩を掴まれ、強制的に振り向かせられる。
そのまま、思い切り頬を叩かれた。
「それは私たちも同じです! お兄様を……大切な方をたった一人で死にに行かせるなんて、できる筈ありません!」
姫奈多の怒声が武器庫に響く。それはさながら、この倉庫の銃器が暴発したかのような熱量で京太に叩き付けられた。
「少し、独りにしてくれ」
京太の頬を、一筋の涙が流れた。
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