Chapter 7-2
身体が熱い。脳が焼け焦げそうな程の快楽。
殺し合え。身体の奥から、本能がそう命じてくる。溢れんばかりの力が、それ自身が戦いを求めて身体の中で暴れ回る。
思わず口の端が吊り上がる。
目の前の獲物を見る。
扇空寺京太。私の最愛の人。私が今、一番殺し合いたい人。
※ ※ ※
十二合目。バスケットボール大の水弾が、真っ直ぐに京太へと飛来する。あまりにも単純な軌道のそれを避けるのは、なんら難しいことではない。回避の隙を狙って放たれたのであろう、追撃の水流拳も、水弾を避けた身体の慣性のままにいなす。
ここまでは八合目に既に実践されていた。だが、今回は空の動きはここで止まらなかった。空の拳を受け流す京太の腕に、空は自分の身体を液体化して絡み付こうとする。京太は反射的に腕を大きく振り、束縛を防いだ。液体のまま弾き飛ばされた空は、人の形を取り戻しながら着地する。
「どうした。少し小技を思い付いた程度じゃ、どうしようもねぇぜ?」
構えを取り直し、京太は不敵な笑みを作って見せた。だが軽口を叩いたものの、内心では歯を食い縛りたい所である。
空の攻撃パターンは拳を交わす毎にバリエーションを増やしていた。先に交わされた十合目は、背の翼を存分に働かせた上空からの連撃だった。十一合目は滑空しつつ水弾をがむしゃらに撃ち続け、最後に本命の飛び蹴りを放ってきた。
パターンこそ多様化させてはいるが、どれも京太に致命傷を与えるには至っていない。どれだけの力を得たとは言っても、素人の拳をまともに受けるはずはなかったし、何より空の放つ水の魔法それ自体は、当然ながら京太の高い抗魔力がレジストしている。
だがそれでも、京太の中には焦りが生まれつつあった。素人ながら――いや、むしろ素人だからこそかもしれない――多彩な攻撃パターンを思い付く発想力。それを支える、応用の効く水の魔法。特に、自身を液体化させる魔法は中々厄介だ。やっている事自体は自分の身体の形状を変化させているだけなので、京太の能力では無効化できない。
そんな京太の心情を知りもしないであろう空は、むっと頬を膨らませたかと思えばニヤリと笑みを深める。
「何がおかしいってんだ」
「だって、楽しいんだもん」
空の姿が、京太の視界から消える。次だ。
十三合目。ぶわりと、突風が京太の眼前から吹き抜けて行く。それを発生させた張本人である空は、京太の背後から液体化して取り付こうとしてくる。風に足を取られないよう、力を込めて踏ん張っている状態では必然、対応が一瞬遅れてしまう。背中に液体が纏わり付き、身体を這いまわりながら肉体を取り戻していく。
背中から抱き付く格好となった空は、翼をはためかせて上昇する。それに引きずられて京太の足が浮き、上空へと連れて行かれる。
屋根よりも高くまで飛び上がると、空は大きく円を描くように縦回転を仕掛ける。このまま地面に投げ落とすつもりかと悟った京太は、歯を食い縛りながら受け身を取る算段を付ける。
投げ飛ばされた直後、京太は身体を捻って空中で体勢を立て直す。足から着地し、衝撃に逆らわないよう前転して立ち上がる。
ダメージの殆どない京太を見て、空は宙に浮かんだまま声を荒げる。
「ああもう! なんで全然効かないの!!」
この情緒不安定さも薬の影響か。つい今しがたの笑みを完全になくし、激昂した空は、京太目掛けて一直線に急降下してくる。最中に空は右腕に水流を発生させ、それを流線型の刃に仕立て上げた。差し詰め、水刃の手甲といった所か。空は降下のスピードに乗せ、手甲による刺突を繰り出す。
だが京太は慌てる事なくこれを処理する。手甲それ自体は、ただ単に形を形成しているだけだ。京太自身に効果を与えるものではない為に無効化はできないが、結局は刃を持った者の相手をするだけの事。京太にとっては日常茶飯事だ。
手刀をいなしてその手を取り、背面から地に落とす。普通なら身動きの取れない状態だが。
「どうした。終わりかい?」
「こ……のっ!」
と、空は翼をはためかせた。これに自分の身体を水滴化させる魔法を組み合わせれば、彼女に物理的なダメージを与える事はほぼ不可能だろう。幸か不幸か、今の時点ではそれは京太にとって都合のいい条件ではあるのだが。
そうして京太から離れようとした空だったが、突如として彼女は呻き声を上げた。
「う……っ!!」
頭を抱えて呻き、やがてそれは絶叫に変わった。
「ぁあぁぁぁあぁあああぁぁぁぁぁぁっ!!」
「空!」
瞬間、京太は察した。薬が切れたのだ。
「チッ――!!」
ゲイルもそれに気付いたようで、指を弾く音と共に、テレポートでこちらへ移動してくる。
対して京太は、空の身体を抱えて跳んだ。腕の中で暴れる空を、抑え込むようにして抱き抱えつつ、四条邸の屋根の上を目指す。
転移してくるゲイルを蹴り飛ばしながら高く跳躍し、目的通り屋根の上に降り立つ。四方八方からテレポートを繰り返すゲイルは、京太に向けて刺突を放ち続けながら、
「刀もないアンタが――」
眼前に現れたと思ったゲイルの声が、
「女一人抱えて、私に敵うってのかい!?」
瞬間、既に背後に転移していた。
「くっ――!」
刺突を万一にも空に当てる訳にはいかない。身体を捻った京太だが、足を踏み外して宙に浮いてしまう。
まずい、と思った時には遅かった。京太の腕の中から、空の姿も重さも何もかもが消えてしまう。
「残念だったね、扇空寺京太!」
落下していく中、空を抱き抱えるゲイルが、天空に浮かぶ黒い輪を指し示す。
「あの輪の下で待っててやるよ! この子を返して欲しいなら、あそこまで一人で来る事だね!」
それだけを言い残し、ゲイルの姿が消えた。
京太は邸の裏庭、生い茂る木々の中へと落ちて行った。
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