Chapter7 すべての命のための絶望
Chapter 7-1
窓ガラスという窓ガラスが音を立てて爆ぜ、燃え盛る炎がまるで暴れ狂う龍のように屋外へと溢れ出る。
この衝撃に朔羅は堪らず吹き飛ばされた。対峙していたシュラはと言えば、翼をはためかせて踏み止まっている。朔羅は地面を転がり、再び仰向けで止まる。身体の痛みに眉をひそめながらも、窮地を脱した事に胸中で安堵する。
「朔羅! 危ない!」
だが、なぎさの切羽詰まった声にハッとして、朔羅は周囲に視線を駆け巡らせる。左右ではない。なら正面――いや、答えは上からだった。
見上げた先、爆ぜた窓ガラスの向こうから、金属質の翼を携えた少女が飛び出してきた。
少女の身体は制動性を失っており、朔羅の元へ落下してこようとしている。
「わ、ちょ、わわわっ!」
朔羅は慌てて身体を動かそうとするが、残念な事に元来の朔羅らしさが本領を発揮した。無理に動こうとした結果、全身を激痛が走ったということもある。が、単純に今の自分が仰向けであることを忘れて頭を上げようとした為、自ら地面に頭をぶつけてしまったのだ。
そして動けない朔羅へ、少女の身体が迫る。朔羅は目を閉じて衝撃に備える。
「――っ!」
が、しばらくしても朔羅にはなんの衝撃も訪れなかった。恐る恐る目を開けると、そこには朔羅に背を向けて空中に浮遊する少女の姿があった。
少女は翼を畳み、ゆっくりと地面に降り立つ。畳まれた翼は少女の背でコンパクトに纏まり、その質感もあってか放熱板を彷彿とさせた。
「あら。あなたは」
「えっと……誰?」
そこへ、魔を蹴散らしたなぎさが駆けて来る。
「朔羅、大丈夫? 死んでないわよね?」
「うん、なんとか生きてまっしょいっ」
なぎさの問いに、朔羅は空元気でサムズアップして答える。だが、
「顔、引きつってるわよ」
空元気なのはなぎさにお見通しだったようで、そう嘆息された。
「それで」
朔羅に肩を貸しながら、なぎさは放熱板の少女に問う。
「あなたは敵か味方、どっちかしら?」
「少なくとも敵ではありませんわ。私たちの敵はどうやら、共通しているようですから」
少女はなぎさへ向けて微笑むと、前方へ向き直った。
そこには片膝を付くシュラの姿があり、
「ありがとう、『暁』」
「恐れ入ります」
シロッコの先導で、一人の女性が地に降りた。金色に棚引く長髪が麗しい、外国人の女性である。朔羅となぎさが、彼女が誰なのか分からないと言った様子を見てか、少女が発言する。
「エレイシア・サンクレール様。大魔法使い『エレメンタルマスター』にして、水輝様のお母様ですわ」
「……は?」
「嘘……」
彼女の言葉に、朔羅となぎさは絶句する。確かに、フランス人とのハーフだとは聞いていた。けれど、まさかそのフランス人の母親が、魔法使いなら誰でも聞いたことがある程の人物だとは。
俄かには信じがたいが、姫奈多が嘘を言っているようにも見えない。
更に窓から五人のメイドが順々に降りて来る。五人の中央に立つ、メイド長らしき女性は、一人の少年を抱えていた。
「あれって……!」
「まさかのまさかね……!」
「水輝様!」
朔羅が声を発した時には、なぎさもその姿を認めていた。気を失っているのか身動き一つしない彼の、項垂れる顔を確認する事こそできないものの、見慣れた背格好から彼が水輝であるのは間違いないだろう。
そしてその頭髪は、見比べてしまえば恐ろしいほど克明に、傍に立つエレイシアのものに酷似していた。
燃え上がる邸を背に、エレイシアが語りかけてくる。ネイティブなフランス語は朔羅には全く理解できなかったが、エレイシア自身が魔法で翻訳しているのだろう。日本語として耳に届く。
「そちらのお二人は、『ミステリアスアイ』赤羽サツキの弟子ですね。初めまして、私はエレイシア・サンクレール。息子の水輝がいつもお世話になっています」
軽く会釈するエレイシアに、思わず朔羅となぎさも会釈を返す。
エレイシアは周囲を見渡して言葉を続けた。
「どうやら、私の部下が無礼を働いてしまったようですね。大変失礼しました。私は『ミステリアスアイ』とは盟友の間柄。よって、『螺旋の環』と敵対するつもりはありません。目下、私の敵はそちらの、『ツインエッジ』の弟子――四条姫奈多ただ一人です」
その言葉に、朔羅となぎさは瞠目して少女――姫奈多を見やる。彼女が『ツインエッジ』イリス・ウィザーズ――京太の祖母の弟子であると初めて知った二人は、驚きを隠せない。
そんな二人を横目に、は毅然として言葉を発する。
「確かに私の師は『ツインエッジ』イリス・ウィザーズ様です。この背のエーテルの翼は、師から賜ったものです。……エレイシア様がサツキ様の盟友であらせられるように、我が師イリス様もまた、サツキ様の盟友。この状況を引き起こしているのは間違いなく、彼ら『黒翼機関』です。どうか、私に協力して頂けませんでしょうか」
この言葉に、朔羅は頷こうとした。姫奈多が敵なのか味方なのかはともかく、何をしなければいけないのかは自明の理だった。この街を、日夏市をこんな状況に陥れている『黒翼機関』を止めなければ。
だが、そんな朔羅を制したのはなぎさだった。
「四条さん、ここは一旦退きましょう。朔羅も私も、もう魔力がほとんど底を突いているもの」
「そうですね……。私もこのままではジリ貧ですわ」
しかし前に出ようとして、たたらを踏みながら朔羅は抗弁する。
「ちょ、ちょ、ちょっとなぎさ! 私まだ戦えるよ!」
なぎさと姫奈多が揃ってジト目を向けるので、空元気だった朔羅はすぐに折れた。
「はい……。撤退します……」
「逃げられるとでも?」
エレイシアが腕を振るう。轟々と燃え盛る炎が、三人を燃やし尽くさんと迫り来る。
「ええ! ここは退かせていただきますわ! お二人とも、翼に触れてください!」
だが姫奈多の声に、朔羅となぎさは放熱板に触れる。すると三人の姿は、その場に展開された転移魔方陣の中に消えてなくなったのだった。
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