Chapter 6-3

 魔法使い。彼女もそう呼ぶに足る存在だが、しかし、使えるのはこの、魔力を武器として精製する魔法のみ。魔法使いとしては決して一人前とは呼べない。


 だが。綾瀬は足を踏み出した。それを合図にしてか、メイドたちも動く。綾瀬の前方から迫る一人を中心に、円を描くかのように、はたまた翼を広げるかのように、左右に大きく膨らむ陣形を取る。


 まず、左右に展開し綾瀬に一番近いラインを形成する二人のメイドが、挟み込むように綾瀬へ攻撃を加えてきた。左のメイドは跳び上がって身体を捻って回転させ、蹴りを放つ。遠心力に巻き込まれるかのように彼女の周囲の炎が逆巻き、スカートが翻る。まるで炎を纏ったかのような飛び蹴りが迫る反対側、右のメイドは身体を落とし、足払いを繰り出してきた。左右上下からの連携攻撃。


 初手から上手い手を披露してくれるものだと、綾瀬は冷静ながら感嘆した。水輝を左に抱える今、右腕一本しか使えない綾瀬に、この二つを同時に処理するのは確かに至難の業だ。足払いを回避、または迎撃すれば飛び蹴りの直撃は免れないだろう。かといって飛び蹴りを対処しようとすれば足払いをケアできず、無様に床を転がった挙句に三人目以降からの追撃を喰らう。


 ならば。だからこそ両者に対応できなければ為す術はない。綾瀬は進行方向に剣を突き立てた。その柄を支えとして綾瀬は右へ跳ぶ。直進する勢いのある今、無理に二つに対抗する必要はない。動きを止めず、二つの攻撃の死角へと回避するのが最良。幅広の刀身は頑丈な支柱として充分であり、尚且つ下方からの攻撃を止める盾として、いささか攻撃的ではあるものの役割を果たした。


 だがあちらもその程度は承知の上だ。中盤のライン、右のメイドが綾瀬の着地予測地点に立ち塞がる。彼女が綾瀬の動きを止めれば、同じライン左のメイドが攻撃を加えられる。もしそれを許してしまえば、例え回避しようが迎撃しようが最前列の二人による背後からの追撃が迫るだろう。


 よって綾瀬は進行を止めずにこれを打破する以外にない。その為に綾瀬は跳んだのだ。空中で綾瀬は身体を捻って回転させる。先のメイドが放った飛び蹴りと同じ要領で、遠心力を利用して突き刺さった大剣を抜き放つ。その回転の勢いのまま、大剣を前方のメイドへ向けて振り下ろす。メイドからしてみれば軌道自体は頭上からの単純な物。だがギロチンの如く凄まじい勢いで迫る刀身に、メイドは堪らずといった様子で回避する。綾瀬にはそれで充分だった。


 道が開いた。残る障害は、最終ラインを形成する一人のみ。着地した綾瀬は動きを止める事なく、前方から尚も迫り来る彼女へと疾駆する。先程口を開いたのは、最終ラインの彼女だった。恐らくはメイド長なのだろう。一人で最後列を守る実力も折り紙付きの筈だ。


 それでも綾瀬は駆ける足を止めない。この程度を突破できずして、姫奈多の隣でかの『エレメンタルマスター』と戦える訳もない。


 綾瀬は柄を握る手に力を込めた。波状攻撃の最終的な目的は、最後列の彼女によるとどめの筈。それは同時に、彼女の役割が二列を突破された場合の巻き返しである事も意味している。でなければこの時点で彼女らの作戦は失敗に終わっているからだ。


 そして巻き返しの役割を持つという事は、ここまでのように攻撃を回避してすり抜けるといった芸当を素直に許してくれる手合いではないという事だ。その証拠に、彼女の左右前後に隙は見当たらない。綾瀬が避けて通ろうとすれば、メイド長は細やか且つ迅速に対応してくるだろう。


 戦闘は不可避。だが一旦戦闘に入れば、前二列からの追撃を許す。

 一撃。

 僅か一撃が勝負の分かれ目だ。二撃目、三撃目と続けば綾瀬の勝機はなくなるばかりである。


 綾瀬とメイド長、直進を続ける二人の距離が縮まり、必然、交錯する。綾瀬の間合いに到達する。ここで仕掛けるのが綾瀬にとっては最善策である。二人の獲物のリーチ差を鑑みれば、相手の間合い外から攻撃できる綾瀬に利があるのは明らかであり、また徒手空拳たるメイド長の間合いに入ってしまえば、小回りの効かない大型の武器を持つ綾瀬は対抗手段が激減してしまう為だ。


 だが綾瀬は仕掛けない。二人の距離が更に縮まる。身体が触れる距離まで迫る。メイド長の間合いに綾瀬が踏み込む。正拳を繰り出すべく、僅かにメイド長の腰が低く落ちる、その瞬間を、


 綾瀬は見逃さなかった。


「はああああああああああああああああっ!!」


 まさしく突撃槍の如く。綾瀬は気合と共に一閃、渾身の突きを放った。


 攻撃の態勢に荷重を移行していたメイド長に、これを避ける術はなかった。咄嗟に眼前で腕を交差させ、頭部を守る。


 その、一撃の隙を作り、綾瀬は剣を止めて消失させた。歩みを止めず勢いを殺さず前進する動きを止めず。メイド長の横を抜けて綾瀬は走る。玄関ロビーは既に見えている。綾瀬の目指す先にもう障害はない。


 否。

 玄関の扉が開き、一人の男が姿を見せる。綾瀬が長谷川真希夫として知る男だが、その正体は『黒翼機関』のエキスパート、シロッコである。綾瀬は正体を知らないまでも、彼が月島ホールディングスの関係者であるのは無論承知している。彼もまた、綾瀬の行く手を阻む敵であると認識するのに時間は必要なかった。


 シロッコが口を開く。


「待て。そのお方は我らが王妃の一人息子。渡しはしない」


 瞬間、シロッコの背に黒翼がはためいた。手には一本の長剣が携えられている。


 対して、綾瀬は再び大剣を精製した。五対一の圧倒的不利な状況を、右腕一本で切り抜けて見せた。魔法使いとして決して一人前とは呼べないが、一人の戦士として一騎当千以上の力を持っているからこそ、彼女は四条姫奈多の側近を務めているのである。


 綾瀬とシロッコの剣が交差する。交わった剣戟の反動のまま、二人は剣を引き、更にもう一撃を放ち合う。激突の衝撃に激しい金属音が鳴り響き、火花が散る。互いの苛烈な打ち込みを、同じく互いの振るう剣が止め、終わらない競り合いを繰り返す。


 このままでは。綾瀬は内心歯ぎしりしたい思いだった。この鍔迫り合いに押し負けるつもりはないが、長引けばメイド五人の追撃が来てしまう。


 決して顔に出したつもりはなかったが、そんな綾瀬の思考を見透かしたかのようにシロッコが告げる。


「安心しろ。足手纏いがエキスパートの一騎打ちに水を差すことはない」


 シロッコの言葉通りだった。メイドたちは既に階段上に昇り、一列に整列して佇んでいた。あの様子では確かに、こちらと戦闘する意思はないように思える。


「王妃様の元へ向かえ」

「畏まりました」


 シロッコの命令に、メイドたちは律儀に頭を下げ、上の階へと向かった。


「王妃様というのは、エレイシア・サンクレールの事でしょうか」

「答える必要はない」


 シロッコの翼が大きく羽ばたき、突風が吹き荒れる。炎が大きな音を立てて勢いを増す。肌を焼く熱風が綾瀬を押す。


「くっ……!」


 それはさながら、シロッコの剣圧すら増したかのようであり、彼が剣を振り切るのを許してしまう。綾瀬の剣は弾かれ、彼女の身体は大きく仰け反った。更に腹部を蹴り穿たれ、その衝撃に担いでいた水輝の身体を放してしまう。


 シロッコは雪の肩から落ちる水輝の身体を受け止めた。


「もう貴様に用はない。メイドども、こいつのことは好きにしろ」


 そのまま、彼は水輝と共に吹きすさぶ突風の中に消えた。

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