Chapter6 アゲインスト・ウィンド
Chapter 6-1
「貴方は、『黒翼機関』の……!」
なぎさの声に、シュラはシルクハットを外し大きく頭を下げる。
「ええ、お久し振りです。改めまして私、『黒翼機関』のエキスパート、シュラと申します。こちらは同じくエキスパートのシロッコ。以後、お見知り置きを」
笑みを崩さないシュラに対し、紹介を受けたシロッコは鉄面皮のまま朔羅たちを睨み付けてくる。
「どいて。なんであなたたちがここにいるのかは分かんないけど、私たちは友達を助けに来ただけなんだから!」
「成程。ですがそれは困ります。ここは我らが王妃様の神聖なる戦いの場。あなたがたに立ち入る資格はございません」
「何が資格よ。そんなもの、あなたたちにこそ決める権利なんてないわ」
なぎさは言葉と共に、自身の周囲に電撃をスパークさせて臨戦態勢を取る。
同じく朔羅も、処刑鎌を構える。
「いいでしょう。あなたがたに退く気がないとおっしゃるなら、エキスパートとして受けて立たない訳には参りません」
シュラはシルクハットからサーベルを抜き放つ。
「このシュラがあなたがたのお相手をさせて頂きましょう。『暁』、貴方は王妃様の救援を」
「了解した」
短いやり取りを済ませ、シロッコは邸内へ向かう。それを牽制しようとしたなぎさが電撃を放つが、シュラのサーベルがそれを受け止め、弾き飛ばしてしまった。
「こう見えても、抗魔処理を施した特注品です。完璧なレジストのできるような代物ではありませんが、受け流す程度は可能です」
シュラは何気なくそう語るが、決して容易い技ではない。なぎさの放った雷撃は文字通りの光速でシロッコに迫った。それを瞬時に見切り、サーベルで受けた後受け流した彼自身の技量は最早神業の域だ。
その間にシロッコは炎に包まれた邸に消える。今の一撃はエキスパート二人の力量を見定める意味合いも込められていたが、シュラの実力は想像以上だと言っていい。
以前は京太のお陰で彼との戦闘を回避することができたが、今の朔羅たちが邸内に入るには、彼に勝つ以外方法はないだろう。
「朔羅」
「うん」
二人は視線を合わせ、頷き合う。それだけで二人の意思は統一された。
鎌を手にする朔羅が地を蹴る。そんな彼女の前に魔方陣が展開され、中から姿を現した犬や烏型の魔どもが襲い掛かるが、それを雷鞭で打ち払ったのはなぎさだ。
魔の群れを掻い潜りシュラの前に躍り出た朔羅はシュラに斬りかかる。
対してシュラは、小型の魔どもを召喚する魔方陣を展開しつつ、朔羅に応戦する。朔羅の振るう鎌を避けつつ、踏み込む足に合わせて剣戟を放つ。
見切られている。朔羅は歯噛みしながらも攻撃を続ける。朔羅の戦いのクセは既に見切られてしまっていた。
彼の太刀筋を見れば、決して格闘戦に長けている訳ではない朔羅に真っ向勝負での勝ち目があるとは思えない。だがなぎさは今、シュラの召喚する魔どもが朔羅に襲い掛からないよう奴らを一手に引き受けている。朔羅自身が勝機を見出す他ない。
と、繰り出されたシュラのサーベルが、直線的で軌道の読み易いものになったのを朔羅は見逃さなかった。そこへ朔羅は身体を反転させ、左足を軸に回転しつつシュラの背後から斬りかかる。
「今だ――と、思いましたか?」
鎌の刀身がシュラの胸部を斬り付けようとした、その瞬間だった。
シュラの姿が消えた。いや、違う。彼は朔羅の動体視力が追い付かない程の速さで宙に舞い上がったのだ。空振りした鎌を止めると、シュラはその刀身の上に立つかのように姿を見せた。その背に、先程まで存在しなかった黒翼を携えて。
「このっ……!」
朔羅は力任せに鎌を振り上げた。だがシュラは軽く翼をはためかせて上空に回避する。
「これはこれは。乱暴な方ですね――!」
シュラの翼が大きく羽ばたいた。発生した突風が衝撃波を伴い、朔羅に襲い掛かる。
「きゃああああああああああああっ!!」
朔羅はこれに抗えず、悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。受け身も取れず着地し、地面を転がる。
「朔羅!!」
なぎさの雷鞭が魔を捕らえ、シュラへ向けて投擲する。が、シュラはそれを一振りで軽くいなす。
「これは気がお早い。貴方のお相手は、彼女が終わってからゆっくりさせてもらいますよ。それまではそちらの子たちでご容赦下さい」
なぎさへ微笑み、シュラは一度に召喚する魔の数を更に増やした。怒涛の勢いで攻め来る魔の群れに、なぎさは朔羅への救援を封じられる。
「まだ……だもん!」
朔羅はよろめきながら立ち上がり、身体強化魔法の出力を上げた。魔力消費は跳ね上がるが、短期決戦を仕掛けるべきだと判断したのだ。
「いいでしょう。では、行きますよ!」
サーベルを構えたシュラが、滑空しつつ朔羅に迫る。真っ向勝負になれば朔羅が不利である理由は、身体能力の差だけではない。朔羅の使う処刑鎌は、どうしても動きが大振りになってしまう。そのため、小回りの利く近接武器との戦闘は必然的に相性が悪いのだ。
だから。朔羅は鎌を逆手に構えた。しかも左手を離し、右手一本で鎌を持つ。腰を深く落とし、迫り来るシュラを待ち構える。
弾丸のように宙を駆けるシュラと交錯する、その瞬間を朔羅は狙った。刹那的に身体強化の出力を最大限にまで高めたのだ。持って一撃。朔羅の魔力はそれだけで枯渇してしまうだろうが、朔羅はこの一撃に勝負を賭けた。
踏み込む。シュラの速度を越える速さで彼の懐へ潜り込む。左手でシュラの襟首を掴み、逆手の鎌で斬り裂く――。
だが朔羅の乾坤一擲の一撃は、自在に羽ばたく黒翼の巻き起こす突風に阻まれた。その一瞬で朔羅の魔力は尽き、鎌は光の粒となって消える。強化された身体能力は元通りの少女のものとなり、抵抗力のなくなった朔羅の身体は風の勢いにそのまま弾かれる。地面を幾度か跳ね、転がった後に仰向けに止まる。
無茶苦茶な制動にシュラ自身も多少ボディバランスを崩し、錐揉みながらも無傷で空中に制止する。
いや、無傷とは言えなかった。シュラの頬には、鎌の切っ先が与えたと思しき微かな裂傷があった。そこから流れる一筋の血を拭い、シュラは道化のような笑みを消す。
「素晴らしい。ほんの僅かとは言え、私が血を流す事になるとは。正直に申し上げて、ここまでできるとは思っていなかった」
だが。シュラは続ける。朔羅には最早、戦闘を続ける余力は残されていなかった。
「ここまでだ。決着を付けさせて頂く」
シュラは地面に降り立ち、朔羅の元に歩み寄る。サーベルを振り上げ、彼女の命を摘み取らんとして翳す。
瞬間、邸の窓ガラスが割れ、焔が爆ぜた。
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