Chapter 5-5
発動したセキュリティが突破された。
それを聞いて、紗悠里と棗は『黒翼機関』が攻め込んできたと直感した。監視カメラの映像を見れば、それは確信に変わる。
邸の武器庫から適当な獲物を調達して邸の玄関ロビーに立つ。京太がいない今、自分たちが空を守らなければ。美里には万が一に備え、空のいる寝室に構えてもらった。
打ち付けるような音が玄関の扉から響き、その衝撃に二人は身構える。
何度目かの衝撃の後、ついに両開きの扉は耐え切れずに蹴破られた。同時に犬型の魔どもが邸内になだれ込んでくる。
呻くように唸り声を上げる魔どもは、一斉に二人目掛けて駆けてきた。野生動物のそれと遜色ない獰猛な牙を剥いて、魔どもが疾走してくる。
それに対し、棗が前に出た。大振りの槍を手に真っ向から激突する。
棗が振るった槍により、魔どもはその多くが散った。だが、それを掻い潜った数対が紗悠里に向かって突進する。
それを紗悠里は刀を抜き、全て斬り伏せた。
棗が前に出て魔を一掃する。それを抜けた残りの数対を紗悠里が屠る。攻めに長けた棗と、守りに長けた紗悠里のコンビネーションにより、魔の軍勢は一体たりとも階段の上へ上がることができない。
だが瞬間、玄関扉から一陣の風が吹き荒れた。
漆黒の羽が宙を舞い、翼が羽ばたき中空を駆ける。
細剣を構えたゲイルが、突風を纏いながら突進してきた。
魔の相手をしていた棗の頭上を越え、紗悠里と激突する。交錯する刃がゲイルを押し留めたが、
「悪いね。私は先に行かせてもらうよ」
ゲイルは翼をはためかせ、紗悠里の頭上を飛び越える。
「行かせるかよ……!!」
ゲイルは階段に一度足を付く。更に地を蹴り階段を上がろうとしたゲイルの前に、棗が立ちはだかる。
だがゲイルはニヤリと笑みを深めて見せた。指を弾く。するとゲイルの姿が棗の眼前から消え、次の瞬間には彼の背後に出現した。
追い縋ろうと槍を振るうが、ゲイルはそれを躱す。彼女が手を振るうと、新たに魔どもが出現し、棗と紗悠里を囲う。ゲイルはその間に、階段の上に飛び去ってしまった。
※ ※ ※
部屋のドアが蹴破られた。
犬型の魔を引き連れて現れたゲイルへ、美里は先手必勝とばかりにクナイを投げ付ける。が、ゲイルはそれを見事な反射神経で対応し、細剣で払い落した。
「忍か。さっき世話になったのはあんたかい? 借りは返させてもらうよ」
ゲイルが床を蹴り、美里に向かって渾身の突きを繰り出して来る。美里はそれに為す術なく、胸を貫かれる。
ゲイルがそれに笑みを浮かべた瞬間、それはすぐさま驚愕に変わった。美里の姿が煙のように掻き消えてしまったのだ。
その隙を突いて、美里はゲイルの背後から首を狙う。ゲイルが刺したのは、天苗の業によって出現した美里の分身に過ぎなかった。
美里のクナイがゲイルの首を掻き切る、その寸前でゲイルは見事に反応してみせた。振り返ると同時に細剣を振り上げクナイを弾き返したのだ。
二人はここで一旦距離を取る。
ゲイルは新たに呼び出した魔どもへ突撃を指示し、美里はその数に対応できるだけの分身を作って応戦する。
その間に、ゲイルはベッドの上に寝かされた空の姿を発見する。彼女へ向かってゲイルは指を鳴らし、瞬間移動する。
美里はゲイルに向かって駆け出すが、ゲイルは空の身体を捕らえ、その首筋に細剣を突き立てる。
「邪魔するんじゃないよ。私が用があるのはこの子なんだ」
それに、美里は足を止める。襲い来る魔どもを相手にする間に、ゲイルは空を連れて瞬間移動で消えてしまった。
※ ※ ※
駆ける先に、一人の少女が現れた。
京太はその少女と、彼女が抱えるもう一人の少女の姿に目を細める。
「『疾風』……、てめぇ」
京太は彼女の前で足を止めた。抱えていたあやめを下ろし、不動の遺体をその傍に置く。
「扇空寺京太、どこに行ってたんだい? この子がどうなってもよかったなんて言うつもりじゃないだろうね」
「そんな訳あるかよ。さっさと空を離しな。でねぇとただじゃおかねぇぞ」
「瞬間移動の出来る私に向かって何言ってるんだい。あんたなんか放っておいて、さっさと戻ることだってできるんだよ? それをこうしてわざわざあんたの前に来てやった。意味が分かるかい?」
ゲイルの言葉に、京太は彼女を睨む視線を強めた。
「何が言いてぇ」
「ちょっとした余興さ。ほら、いつまで寝てるんだい。起きな」
ゲイルは空の頬を軽くはたく。するとその衝撃で、空がゆっくりと目を覚ました。その表情は結界の負荷を浴びている為に苦しげである。
「ゲイル、さん……?」
「おはよう、人間様。さて、あんたがもし人間じゃなくなったら、それでも幸せになれるかどうか、試させてもらうよ」
ゲイルは懐から、『ラグナロク』を取り出した。それを自身の口に含む。
「てめぇ、そいつは……!!」
その意図に気付いた京太は、地を蹴りゲイルに向かって駆け出す。が、ゲイルは余裕の笑みを見せ、指を弾く。四条邸の屋根の上に出現したゲイルは、そこで空の唇に自身のそれを宛がった。
瞬間、空はゲイルの腕の中で目を見開いて身体を逸らせる。
「あ……、ああっ……!!」
苦しそうに呻く空の声が虚空に木霊する。
「あやめ。紗悠里たちの所に行ってやれ」
「お兄ちゃん!? で、でも……」
「早くしろ!!」
京太が怒鳴り付けると、あやめは頷いて駆け出した。彼女が邸の方へ駆け去る間に、京太はゲイルへ声を掛ける。
「『疾風』。今のは『ラグナロク』だな」
「勿論」
京太は返事を聞くのが早いか、地面を蹴った。大きく跳躍し、屋根の上にまで跳び上がるとゲイルに向けて握り締めた拳を振るう。
が、それは思わぬ所から止められた。京太は瞠目して彼女の名前を呼ぶ。
「そ、ら……?」
「……駄目だよ、京太」
空はゲイルの腕の中からするりと抜けて立ち上がり、京太の拳を掴んだままもたれかかって来る。
「そんなことしちゃ、だ・め。私とぉ、もっといいこと、しよ?」
空の腕が、蛇のようにぬるりと京太の首に絡み付く。
「ほ・ら……」
空は京太の耳元に唇を寄せ、囁く。
京太は反射的に彼女の手を掴み、引き剥がそうとした。だが京太は腕を掴んだまま固まってしまう。空に手を上げるなんて、できるはずがない。
「痛いよ、京太……!」
その声に、京太はハッとして手を離す。
が、空はそれに対してニヤリと妖しげな笑みを深めた。普段の空なら絶対にしないような、妖艶な笑み。薬のせいだと分かっていても、京太は彼女を少しでも痛めつけてしまうようなことなどできなかった。
「いいよ、京太。やってみる?」
何を、と言いかけた京太は、空の掛けた足払いに掬われて背中から倒れてしまう。その上に馬乗りになった空は、掲げた掌に渦巻く水の弾を発生させ、
「こ・ろ・し・あ・い」
それを京太の顔面に向けて思い切り叩き付けてきた。
京太は水弾を、首を捻って躱す。驚愕する京太を前に、ゲイルの声が響く。
「これは驚いたね。とんでもない適性だよ。まさか、薬に植え付けられた魔力回路をもうここまで自由に使えるようになるなんてねぇ」
『ラグナロク』の効果、魔力回路の活性化だ。普通の人間なら強制的に活性化された魔力を持て余して絶命してしまうが、どうやら空は適正があったらしい。
「安心しな、扇空寺京太。魔力の暴走でこの子が死ぬなんてことはないよ。これは残念だけど、私も次の手を使うしかないねぇ」
京太は大仰に語るゲイルに、違和感を感じた。こいつ、こんな事をするような奴だったか? 彼女とはまだ出会ったばかりだが、こんな下衆な真似をするような輩ではなかったように思う。それが、何故。
「てめぇ、どうした? 気でも触れたか?」
「気? ああ、そんなもん、最初からどうにかなってるんだろうね。だって私は、ずっと地獄で生きて来たんだから。頭おかしくならなきゃやってられなかったんだろうよ」
まあ、でも。ゲイルは言いながら歩み寄って来る。
「今の私は気に入らないだけさ。その子が、ただの人間が。扇空寺京太、あんたみたいな化け物に後生大事に守られてる現実がね」
ゲイルは細剣を構える。
「一つだけ、私はこの子に質問したんだ。その答えを訊かせてもらえるかもしれない。……こうすればね!」
ゲイルは空の胸に細剣を突き立てる。
同時にゲイルの背から花吹雪のように散った黒い羽根が、空の周囲を覆う。羽根が球状に空を包む。
次の瞬間、空を包んだ羽根の球体が霧散した。
「おっと、成功したみたいだね」
空の背に、一対の黒翼が瞬いた。
※ ※ ※
朔羅たちが月島邸まで辿り着いた時、邸は火の海となっていた。
「水輝君は!?」
慌てて駆け込もうとする朔羅たちだが、そこにどこからともなく声が掛かる。
「ここは奥様の戦場。邪魔をされては困りますね」
朔羅たちの前に突風が吹く。思わず二人が目を閉じると、風は直ぐに止んだ。目を開けるとそこには、二人の男がいた。
『黒翼機関』のエキスパート、シュラとシロッコが朔羅となぎさの前に立ちはだかった。
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