Chapter 5-3
風に揺れる笹の音が、やけに鋭く胸に響く。
自身の内に空いてしまった穴に刺さるかのように、聴覚を通り抜けて行く。
京太は門を背に、その場に腰を降ろした。膨大な記憶の中での不動の姿が京太の脳裡に映っては消えて行く。
京太は拳を握り締め、振り上げた。腕が震える。何故だ。何故、不動が、組の皆が死ななければならなかった。何故。何故俺は、彼らを守れなかったのだ――!?
どうしようもない感情の奔流と共に拳を振り下ろそうとした、その時だった。
「!?」
不意に、周囲の空気が一変した。悪意的な異質さを伴ったものに。
「こいつぁ……!!」
京太が異変を感じ顔を上げると、夜空は血のように赤く染め上げられていた。
――まさか。これも『黒翼機関』の仕業か。
京太の周囲に、魔が次々と出現する。小型犬を象った低級の魔どもだ。
「チッ……!」
京太の瞳が紅く染まる。鬼の力を発現させ、自身を取り囲む魔どもを睨み付ける。
悲しみに暮れる暇ももらえねぇってか――!
犬型の一体が京太目掛けて飛び掛かってくる。京太はそれを蹴り飛ばして捻じ伏せる。
更にもう一体、もう一体と魔どもは矢継ぎ早に牙を剥いて襲い来る。まずは正面から口を広げて京太の腕を狙う一体を、回し蹴りで撃退。続いて右側から跳んで来る一体その勢いのまま裏拳で叩きのめす。背後から同時に迫る二体の内一体の首を掴み、それを鈍器のようにもう一体に叩き付ける。掴んだままの一体を、更に向かってくる一体へ投げ付けた。
京太が倒した魔どもは全て絶命していた。死んだ魔の身体はタールのように溶け、地面に染み込んで消えて行く。だがそれに続き、新たな魔が次々に出現していく。
「キリがねぇな……!」
「きゃああっ!!」
「あやめ!!」
門の内側からあやめの叫び声が聞こえた。あちらにも魔の群体が出没しているのだろう。
京太は周囲の魔どもを見回す。このまま付き合っている暇はない。この結界内では恐らく、奴らは無尽蔵に湧いて出てくる事だろう。しかもこちらは丸腰だ。大した手勢ではなくとも、数を相手にするとなると劣勢は明らか。
京太は助走を取り、跳躍した。
一足飛びに門の上まで跳び上がり、塀に手を付いて乗り越える。
眼下に庭の様子が広がる。不動の遺体と、それに寄り添うあやめの周囲を、京太の前にも現れた犬型の魔どもが囲んでいた。
「あやめ! 伏せろ!」
京太の声にあやめは咄嗟に反応し、不動の身体を庇うように身を伏せる。魔どもの一体がそこへ飛び掛かる。京太は屈んだあやめの頭上を飛び越え、魔を踵で蹴り落とす。
「てめぇら、あやめには指一本触れさせねぇ」
京太の脳裡に浮かぶのは、両親が死んだ炎の中で、あやめを抱き抱えて蹲る自身の姿だった。
あの頃の、何もできなかった自分とはもう違う。誰を守る力もなかったあの頃とは。――いや、変わらないのかもしれない。現に不動や扇空寺の皆は死んでしまった。紗悠里や棗も死にかけ、空にも辛い目に遭わせてしまった。
この力を初めて振るったあの日、誰かを守る為に力を振るった訳ではなかった。母を殺した、父の形をした悪鬼羅刹を殺す為だった。どれだけの力があっても、俺には守れるものなどないのか。
だがそれでも。俺は守りたい。大切な人を。俺の傍にいてくれるみんなを。もうこれ以上、誰も失いたくない――!
京太は不動の遺体と、あやめの身体を抱え上げた。
「行くぞあやめ。四条の邸に戻る」
「はい……!」
「しっかり掴まってな!」
向かって来た一体を蹴り飛ばし、京太は再び地面に付けた足に力を込める。門の上まで跳び上がり、門の上を駆ける。
「お兄ちゃん! 空に、何か……!!」
「あん?」
あやめが上空を指差して示す先を、京太も仰ぎ見る。
「なんだ、ありゃあ……?」
遥か彼方の上空に、それは発生していた。
黒く蜷局を巻く、渦のようなものが。
「何が起きてやがる……!?」
とにかく今は、早く四条邸に戻らなければ。空たちの身に危機が及んでいなければいいのだが。
門の上にも現れる魔どもが京太たちを追って駆けて来る。魔どもから逃げつつ塀の端まで辿り着いた京太は、そのまま跳躍した。眼下に揺れる竹林を越え、京太は道路のアスファルトの上に着地する。
と、そこへ魔方陣が浮かび上がった。京太も見たことがある代物だ。確か以前にシオン老師が使った転移の魔方陣だ。
何者かが転移して来る。僅かに腰を落とし身構える京太の前に、二人の少女が姿を現す。
「京太君!」
「朔羅! 会長!」
朔羅となぎさは転移すると同時に、京太の姿を認めてこちらへ駆け寄って来る。二人共、この結界の発生に気付いてここまで駆け付けてくれたのだろう。
「扇空寺君、四条さんも……! そちらの方は大丈夫なの!?」
転移はなぎさが行って来たのか、消耗の見える彼女は息を整えながら珍しく焦った様子で京太に問う。
「……ああ。不動だよ。大丈夫だ、ちょいと気ぃ失ってるだけさ」
「そう……。四条さんもいるから、心配はないでしょうけど」
「は、はい。治療は既に終わっていますから、目を覚ましてくだされば……」
あやめは返事をしつつ、視線を落としていく。
今は朔羅となぎさに余計な心配を掛けさせたくない。その為に吐いた嘘だったが、あやめはその意図を汲んでくれたようだった。
元気付けようとしているのか、朔羅が明るい声を出す。
「それじゃあ早く、不動さんとあやめちゃんを安全な所に連れて行かないと! 他のみんなも心配だし!」
「そうだな……」
この異変は水輝の家の方にも広がっているだろう。だが四条邸を放っておく訳にもいかない。京太はよし、と前置きし、
「朔羅と会長は水輝の家に行ってくれ。俺は四条の邸に行かなきゃならねぇ」
「二手に分かれるんだね。分かった」
「気を付けるのよ、扇空寺君」
それぞれに頷き合い、別れる。
京太はすぐさま駆け出し、四条邸を目指した。
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