Chapter 4-4

 姫奈多が一人になった瞬間、エレイシアの放つ威圧感が倍増した。

 だがそれを一身に受け止めながらも尚、姫奈多は笑みを崩さない。これくらい、師匠のものに比べれば大したものではない。


 イリスの元での修業は、今より遥かに幼かった姫奈多にとってただただ過酷の一言だった。死んでしまった方がいいと、何度思ったことか。それでも姫奈多が、師からヴァルキリーの座を譲り受けるまでに至れたのは、常に傍にいてくれた母のお陰だった。


 姫奈多の母は聡明な母親であり、魔法使いであった。

 どんなに辛い修行の最中でも、母は常に姫奈多を支え、励ましてくれた。そんな母の為、母から受け継いだ魔力回路を以って、伝説の魔法使い、イリス・ウィザーズのたった一人の弟子で在ること。それ自体が姫奈多にとっての誇りであったのだ。


 母の為。師・イリスですら為し得なかったラグナロク討滅をこの手で成してみせる。


 今は亡き、母の為に。


「水輝さんをあなたの元に、ですか」

「はい。師の作ったアトリエに所属している水輝様が、私の元にいらっしゃることに不都合はないと思いますが」

「さて、それはいかがなものでしょうか。私は『ミステリアスアイ』の元に水輝さんを預けたにすぎません。私と『ミステリアスアイ』は同盟のような間柄。私は故あって魔法使いとしての身分を隠匿しなければならない立場であり、それを汲んでくれる彼女だからこそ水輝さんを預けたのです。今の私の元では、水輝さんはまともに魔法使いとしての修練を積む事はできませんからね」


 ですから、とエレイシアは一旦口を閉ざして目を閉じた。


 次に目を開けた瞬間、エレイシアの顔から一切の笑みが消え去った。


「お引き取りください。私の素性を口外しないというなら、この件は不問に処しましょう。仮にも大魔法使いを敵にするという事がどれ程の愚行か、あなたならお分かりでしょう。大魔法使い『ツインエッジ』の弟子であらせられるのならば」


 この言葉を受けて、姫奈多は。


 薄く、笑みを深めた。


「……申し訳ございません。どうやら、こちらの真意が伝わっていなかったご様子ですね。私は初めから、あなたの敵だと申し上げているつもりでしたが」


 姫奈多は頭を下げ、上目遣いにエレイシアに視線を送った。


 瞬間、エレイシアの瞳が紅く発光した。すると姫奈多の身体をその目の色と同じ深紅の炎が包む。四大元素全てを操る『エレメンタルマスター』たるエレイシア・サンクレールの、その能力の一端が解放されたのだ。


 これにより、姫奈多の身体は瞬時に焼却され、滅する。


 そのはずだった。


 エレイシアは僅かに眉根を寄せる。弾かれる。魔法使いとしての超感覚がそれを察した時、エレイシアの放った炎が霧散した。


 再び姿を現した姫奈多には、火傷の一つすらなかった。それも今の彼女が背に湛える、一対の翼の賜物であろう。


 第五元素、エーテル製の翼である。これこそ、『ツインエッジ』イリス・ウィザーズがその二つ名を得るに至るまでに極めた、第五元素魔法の顕現であった。

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