Chapter 4-3

 水輝に問われ、シロッコは変わらぬ平坦な口調で答える。


「……今の私は、貴方の知る長谷川真希央ではありません。『黒翼機関』のエキスパート、シロッコです」


 だがその声は、若干の硬さを伴ったように京太は感じた。躊躇った、のか。何を。水輝に名乗るのを?


「少し予定が早まりましたが、この戦闘が終了次第、貴方様を我らが王の元へお連れします」


 王、と彼は言った。それはきっと、『黒翼機関』のトップである者のことだろう。仮にも騎士を名乗る連中だ。忠誠を誓う者の事を王と呼称するのに違和感はない。


 だが、何故水輝をそんな者の元へ。予定が早まったという事は最初からそのつもりだったという事になるが、それはもしかして、彼らの拠点と水輝の家が繋がっている事に関係があるのか。


「貴方が何を言っているのか、僕には理解できません。『黒翼機関』とは何です? 何故貴方がそこに所属し、名を変え、京太君と戦っているのです? 王とは一体、誰のことですか?」

「……今はお答えしかねます」


 答える気がない訳ではない、と言いたいのか。水輝を王の元とやらまで連れて行った時にでも答えてやるつもりだろうか。何にせよ、答えられない理由は恐らく京太がいるからなのだろう。


「成程。答えを聞きたいのは山々ですが、仕方ありません。理由はどうあれ、貴方が京太君と――僕の友人と戦うと言うなら、貴方は僕の敵だ」


 水輝は銃口をシロッコに向ける。


「銃を退いて下さい、水輝様。貴方様に剣を向けたくはありません」

「……質問に答えてくださるなら、考えましょう」


 水輝の言葉に、シロッコは構えていた剣を下ろした。


「分かりました。現時点で貴方様と事を構える訳には参りません」


 小さな風が吹き抜け、シロッコの手にする長剣がそれに飛ばされるかのように消える。


「扇空寺京太。この勝負、水輝様に免じて預けておく」


 それだけを言い残し、シロッコは風に乗って姿を消した。


 吹きすさぶ風が完全に止むのを待って、京太も『龍伽』を下ろす。合わせて、水輝も銃を下ろした。


 瞬間、京太たちの背後で爆発が巻き起こる。爆風に身を曝されながらも、その衝撃は京太たちを襲う程のものではなかった。攻撃ではないのだろう。


 振り返り、京太は自身が上がって来た階段を下りる。機関の拠点に通じている通路だが、爆発はこの先で起きたようだ。まさか。


 案の定、階段を下りた先で、通路は瓦礫に埋もれていた。これでは先に進むのは不可能だ。瓦礫をどけた所で、通路自体が破壊されてしまっているだろう。ここから侵入させる訳にはいかない、ということか。


 それにしても、ここが水輝の家なら奴らの拠点は地下にあったということになる。どうやったかは分からないが、地下にあれだけ広い空間を作り、外界となんら変わらぬ空もあった。あれも場所を誤認させる為のカムフラージュの一環なのだろうか。


 そんな事を考えていると、後ろから水輝も追い付いて来る。


「ここは……」

「ああ。この先に、奴らの拠点がある。俺は空と一緒にそこに捕まっちまってたんだ」


 水輝ははっと息を呑む。京太たちが囚われてから一日が経過していたが、幸か不幸か今日は休日だった。水輝とは会う用事もなかった為、彼が気付かなかったのも無理はない。

 京太は続ける。


「その間に、ウチを潰されちまったみてぇでな。紗悠里と棗も捕まっちまってよ。なんとか脱出してきたんだが、そしたら出て来たのはお前ん家だ」


 京太は肩を竦めて、水輝を見た。正直、何がなんだかよく分からない。水輝から見れば、今の俺の表情はさぞかし困っているように見えることだろう。


「……ったく、一体どうなってんだろうな?」


 そんな京太を見て、水輝は目を逸らした。肩を震わせながら、言葉を紡ぎ出す。


「……京太君。僕を」

「俺にとっての奴は、『黒翼機関』のシロッコだ」


 だが、水輝の言葉を制し、京太は問う。


「水輝。お前の知ってる奴は一体、何者なんだ」


 知り合いだったとは言え、シロッコと水輝が関係があるとは思わない。水輝の言い掛けた言葉の先は、なんとなく分かる。怪しいと思うならこの場で討て、とでも言うつもりだったのだろう。

 しかし水輝は、シロッコを敵だと断じた。友達、という関係に固執する水輝の性質を理解している京太には、その言葉は偽りや狂言などとは思えない。


 だから京太は、水輝の言わんとした事を遮った。お前を疑いはしないと言外に意味を込めて。


 そんな京太の考えを理解してか、水輝はほっとしたように息を吐いて答える。


「……長谷川真希央。つい先日、月島ホールディングスの副社長に任命されたばかりの方です」

「へぇ……。そいつぁ結構」


 副社長ときたか。こうなってくると、怪しむべきは一つではないか。

 ただ、それについて水輝はどう思っているだろう。


「水輝、言いにくいんだがよ」

「いえ、会社については僕も以前から何かあると思っていました。この人事はあまりにも不自然でしたからね」

「そうか。お前はお前で動いてたって訳だ。そいつぁ結構。水くせぇ気もするけどよ……ま、そいつぁお互い様だな」


 京太は苦笑する。京太は組の事に友人を関わらせたくないが為に、今何が起きているのかを話さない。水輝も、自分が何をしているのかをあまり話してはくれない。互いに互いを巻き込みたくないが為に遠ざける。


 水輝も苦笑いを返してくるのを見て、京太は息を吐く。双刃を失った今、親友と呼べる人間は水輝だけだ。だから、もう失いたくはない。


 京太は笑みを消して告げる。


「水輝。お前はこの件から手を引きな。俺は『黒翼機関』と戦う。組の連中の弔い合戦だ。連中がお前の親父さんの会社と繋がりがあるなら、会社とも一悶着あるかもしれねぇ。だからお前は、親父さんにそれを伝えて一緒に逃げろ。俺に言えるのは、そんだけだ」


 水輝は目を見開く。


「そんな……。僕も戦います。京太君の敵は僕の敵です! 例え父の会社の人間だろうと、そんな事は関係――」


 声を大にする水輝の後頭部に、京太は手刀を入れた。水輝の言葉が途切れ、消えて行く。


「……悪ぃな、水輝」


 意識を失い崩れ落ちる水輝を、京太は抱き留めて床に寝かせた。


「さてと、紗悠里たちを捜さねぇとな」


 京太は階段を上がる。先に行ったのなら、この先に彼女らがいる筈だが。廊下を進もうとする京太だが、しかしこちらに駆けて来る足音を聞いて足を止めた。先程の爆発音が家の中の者に聞こえない筈はない。脱出の折に水輝がやって来たのはそう考えると意外だったが、今度こそ家の者が動いたのだろう。

 どうするか。先にやって来たのが水輝だったのは幸いだった。知らない者から見れば今の京太はただの不法侵入者だ。おまけに倒れている水輝が見つかれば、事態が京太にいい方向に傾くとは思えない。


 指示を送る声が聞こえる。「私に任せて、戻ってください」という内容の言葉だったが、この声は。


 やがて声の主が、紗悠里たちを伴って京太の前に現れた。声の主は思った通り、綾瀬だった。


「頭領様!」


 遅れて、あやめまでもがこの場に現れる。彼女たちまでここにいたのか。ということは、姫奈多もいるのだろう。


「若様、ご無事で」

「ああ、お前らも大丈夫そうだな。美里と空はどうした?」


 この問いに答えたのは綾瀬だ。彼女は頭を下げながら言う。


「神埼空嬢は、先立って天苗が四条邸にお連れしております。勝手な判断で申し訳ございません」

「いや、大丈夫だ。構わねぇよ」


 四条の屋敷なら空も安全だろう。美里の素性が機関に割れているとは考えにくい。それに四条の家は名家だけのことはあり、万全のセキュリティが施されている。万が一機関の追手が掛かろうと、あれには手を焼く筈だ。


「私は姫奈多様のご用事が済むまでここを離れられません。迎えの者を手配しておりますので、どうぞご利用ください」

「ああ、悪ぃな」


 綾瀬の先導で、京太たちは水輝の家を出た。やがて、四条家の家政婦が運転する車が屋敷の前に停まる。


「雪さん、私も帰ります。姫奈多をよろしくお願いします」

「畏まりました。あやめ様も、どうぞお気を付け下さい」


 そう言って綾瀬と別れたあやめと京太たちを乗せ、車は発進した。

 水輝の家から四条家はそう遠くない。十分程度街道を走り、車は四条邸に到着した。

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