Chapter 4-2
京太は訳が分からず硬直してしまった。
それでも何とか先に口を開く。
「水輝、お前、どうしてこんなとこに……」
「そ、それはこっちの台詞です。なんでそんな所に」
互いに事情が呑み込めず、余計に混乱してしまう。『黒翼機関』の拠点を抜け出した先には、水輝がいた。
言葉を探して視線を泳がせている内に、ある事に気付く。
「そ、それよりおい、紗悠里たちを見てねぇか? ここから出てったはずなんだがよ……」
見回しても彼女らの姿はない。先に行ってしまったのだろうか。
「いえ、見ていませんが……。紗悠里さんたちもここに?」
「ああ。行くぜ水輝。とにかく、ここに居るのはまずい。さっさと逃げるぞ!」
京太は戸惑いも収まらぬまま、水輝を促してその場を離れようとする。
「に、逃げるってどこへですか!? ここは僕の家ですよ! それにこの通路は一体何なんですか!!」
だがその水輝の言葉を聞いて、京太は再び立ち止まってしまった。
今、水輝はなんと言った? 僕の家、だと?
瞬間、京太の中で一つのピースが組み合わさった。『龍伽』が能力を発揮した理由、美里が『黒翼機関』の拠点だと知らなかった理由が分かった。
水輝の家はもちろん龍伽にある。そして美里が水輝の家に忍び込んだつもりなら、『黒翼機関』の拠点であるとは知らないのも頷ける。
だが同時に、より複雑な疑問のピースが生まれる。何故、水輝の家と『黒翼機関』の拠点が繋がっているのだ。どうやら水輝はその事実を知らないらしい。知っていられても困るが、とにかく彼に問い質すのは不可能なようだ。
そんな彼らの前に、一陣の風が吹き荒れた。風の中心に膝を付いて俯くシロッコの姿が現れる。その背には黒翼が展開されたままだ。
「チッ……! 追い付かれちまったか……!!」
京太は『龍伽』を構える。京太が戦闘態勢に入った事を見て、水輝も咄嗟にマテリアライズした拳銃を構えた。
だが次の瞬間、顔を上げたシロッコを見て水輝の表情が驚愕に染まる。
「貴方は……!」
どうやら二人は面識があるようだ。
シロッコの方も、水輝を見て頭を下げる。
「突然のご無礼、お許しください、水輝様。説明は後程させて頂きますが、まずは私の任を全うさせて頂きたい」
顔を上げたシロッコも長剣を構え、京太と対峙する。それを見た水輝は、慌てて二人の間に割って入る。
「……どういうおつもりですか、水輝様」
「どきな、水輝。お前の知り合いみてぇだが、今は悠長にやってる暇はねぇ……!」
しかし水輝は首を横に振った。
「いいえ、どきません。こんなの、黙って見ていろと言う方がおかしい。教えてください、貴方は一体誰なんですか、長谷川さん!」
※ ※ ※
「私も行ってきますね、姫奈多」
あやめはそう言って部屋を出た。もし怪我人が出たようなら、自分が向かうべきだと言う判断からだ。
一階まで下りると、玄関から外へ出て行く綾瀬の姿が見えた。何か起きたのは屋外なのだろうかと、彼女の後を追った。
すると庭先に、何人かの人影が見えた。綾瀬はそちらへ歩み寄って行く。あやめは彼らが誰なのか認識すると、驚きに目を見開き、すぐさま彼らの元へ駆け寄った。
そこには紗悠里たち四人の姿があった。あやめがまず目に留めたのは、全身傷だらけの紗悠里と棗だった。真っ直ぐに彼らに駆け寄ると、自身の能力で彼らの治療に当たった。
「あやめ様……、どうしてここに」
紗悠里の問いに、あやめも戸惑いながら答える。
「物音がしたので様子を見に来たんですが……皆さんの方こそ、何でここに……!? 美里ちゃんまで……」
名を呼ばれ、美里は視線を逸らす。彼女が忍として動いているという事は、姫奈多からの命令があったという事だ。しかしその命令が何なのか、見当も付かない。
「天苗」
綾瀬が呼ぶと、美里は彼女に歩み寄ってそっと耳打ちし始めた。自分には聞かせられない話、つまり、美里の仕事の件という事か。
その間に、あやめは紗悠里から話を聞くことにした。
「紗悠里さん、何があったんですか?」
問うと、紗悠里は目を伏せる。話すべきか迷っているのだろう。しかしやがて意を決したように口を開く。
「……『扇空寺』は、『黒翼機関』に壊滅させられました」
「え……!?」
あまりに唐突な内容に、あやめは一瞬、治療の手を止めてしまいそうになった。なんとか押し留まったが、衝撃で言葉が出ない。
紗悠里は続ける。
「若様が『黒翼機関』に捕らえられ、その隙に彼らが攻めてきたんです。私と棗さんも捕らわれてしまい、不動様が……!!」
「不動、さんが……?」
聞きたくない。紗悠里が何を言わんとしているか、直感的に理解できてしまった。それでもあやめは先を促す事しかできない。混乱の中で残された理性が、耳を塞いではいけないと訴えていたからかもしれない。
あやめが声を震わせながらそれだけを復唱すると、紗悠里は一度唇を噛んでから、訥々と告げる。
「……彼らの一人、シュラという方の手に掛かり、亡くなりました」
あやめは息を吸って口許を押さえた。込み上げる涙を、止めることはできなかった。
不動には、あやめも何かと世話になった身だ。父が亡くなってからというもの、彼はまるで父の代わりになるかのようにあやめたち兄妹の身を案じてくれていた。
「あやめ様……」
「紗悠里、さん。続きを、お願いします」
不動が死に、扇空寺が潰され、京太たちは捕らえられ。『黒翼機関』の目的とは。
あやめは拭いても止まらない涙を拭いながら、続きを促した。聞いておかねば。彼らに、兄に、なにがあったのかを。
「捕らえられた私たちは、機関の拠点と思われる場所に幽閉されました。ですがそこに現れた美里さんの協力を得て、脱出することができたのですが……」
「着いた場所が、ここだった……?」
言葉を継いだあやめに、紗悠里は頷く。
「あやめ様はどうしてここに? ここは一体、どこなのですか?」
そうか。あやめはこの一言で理解してしまった。紗悠里たちはここがどこか認識していない。彼女たちの中では、ここは『黒翼機関』の拠点なのだろう。
だが、ここは。
「……分かりました。姫奈多様には私から報告しておきます。貴方は神埼空嬢を連れて屋敷へ戻りなさい」
「御意」
丁度その時、綾瀬と美里が会話を終えた。反射的に美里に視線を向けると、彼女はまた、困ったように目を逸らした。いつもそうだ。美里は仕事になるといつも、あやめには口を閉ざす。問い詰めたいと思った事は一度や二度ではないが、それで彼女との関係が壊れてしまうのが怖くて、結局は触れず終いだ。
美里はあやめに視線を返す事なく、空を抱えて夜の闇に消えた。
一抹の寂しさを覚えつつ、あやめは紗悠里に視線を戻す。話すべきだろうか。ここがどこなのかを彼女らに伝えるべきなのか、あやめは判断しかねていた。ここが月島邸だと知れば、彼女らは大いに戸惑い、困惑してしまうだろう。
あやめ自身、当惑している。京太の友人である水輝の家が、『黒翼機関』なる組織の拠点と繋がっているなど――。
そう言えば。あやめはふと周囲を見回した。ここには肝心の京太の姿がない。兄の行方を紗悠里に問おうとした瞬間、その場にいる全員が月島邸を振り返る事態が発生する。
突如として、月島邸の中から爆発音のようなものが聞こえたのだ。
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