Chapter4 立ち向かう者たちの分水嶺

Chapter 4-1

「し、四条さん? 母はそんな名前ではありませんが……」


 水輝は若干戸惑ったような表情を浮かべながら、内心では冷ややかな視線を姫奈多に送っていた。


 エレイシア・サンクレールの素性は巧妙に隠蔽いんぺいされている。表向きには偽名を名乗り、邸内でも水輝ですら本名を呼ぶことは許されていない。

 その意図は水輝ですら預かり知らないのだが、幾重にも張り巡らされた情報操作により、彼女が魔法使いであると知るのも困難を極める。


 だが、意外にも穴は身近に存在する。息子である水輝の存在だ。彼が魔法使いであると知る者なら、両親が魔法使いではないかという先入観を持って調べることができる。

 それでも調査は困窮するはずなのだが、姫奈多はそれをクリアし、エレイシアの正体に辿り着いたようだった。


 ただ、水輝にとってはここまではギリギリの許容範囲だ。最悪でも、水輝が同じ能力を持っていると知られなければいいのだ。推測するだけなら容易い。血縁者ならば絶対に同じ魔力回路が遺伝する訳ではないが、確率は高い。

 魔法使いとは元々、そうやって何代も続く血筋の中で、魔力回路を洗練させてきた者たちだ。先に述べた先入観も、その前提があるからこそのものだ。


 血と遺伝子が魔法使いとしての優劣を決める。生存競争の中で進化を続けてきた生物は、魔法と言う力を得て尚、その運命から逃れられはしない。


 しかしそんな発展途上の生物ならば、史上に於いて一度は経験する現象もある。突然変異だ。それまで積み重ねてきた遺伝も進化もまるで関係のない、運命のいたずらとしか言いようのないそれは、魔法使いの世界にも存在する。


 大魔法使い『エレメンタルマスター』と呼ばれるエレイシア・サンクレールは、まさしく突然変異により生まれた魔法使いである。

 彼女の生家であるサンクレール家は、そもそも魔法使いの家系ですらない。だが突然変異により、全ての四大元素に通ずる特殊な魔力回路を持って生まれたエレイシアは、いつしか己の運命を受け入れ、魔法使いとして生きる事を決めた。

 生家のあるフランスを離れ、イギリスで修行を重ねた彼女は、『エレメンタルマスター』の二つ名と共に、大魔法使いの称号を得るに至った。


 そして当時から既に一流のビジネスマンとして世界を渡り歩いていた月島正輝と出会い、婚約。間に水輝を生して現在に至る。


 もしエレイシアの正体を知った魔法使いなら、こう思う筈だ。息子である水輝の魔力回路はエレイシアの物と同等か、それ以上なのではないか、と。


 答えはもちろんイエスだ。普段は制限を設けてカムフラージュしているが、その能力は明るみに出た瞬間に『エレメンタルマスター』の二つ名と大魔法使いの称号を受け継げる程の代物である。


 だが水輝は現在、この能力を誰にも知られてはいけなかった。理由はただ一つ。母の正体を隠ぺいするためだ。

 そもそも今の水輝では、全開の戦闘に身体が耐えられない。エレイシアの体の弱さは、この能力による負荷の為だと考えている。魔法使いの家系でない家で生まれたエレイシアは、魔力回路の制御に相当苦しんできた筈だからだ。


 当の姫奈多は、水輝の言葉など聞こえていなかったかのように、あやめにも挨拶を促している。二人はフランス語も話せるようで、随分と流暢なフランス語を操っていた。


 これに関しては水輝も感心する所で、流石は四条のご令嬢と言った所だろうか。或いは白凰学院に於いては当然の嗜みなのかもしれない。

 当のエレイシアは微笑みながら二人に挨拶を返す。水輝にはしかし、その眼が姫奈多を睨み付けているかのように見えた。


 それを余所に、姫奈多は話を進める。


「サンクレール様、今晩お伺いしたのは他でもありません。折り入ってお願いがあるのです」

「それは、どういったご用件でしょう」


 エレイシアは自身の名を偽りもせず、姫奈多から本名で呼ばれるのを受け入れているようだった。それは今この場で誤魔化したところで無駄だと、水輝に伝えているようでもある。


 そんなエレイシアに向かって、姫奈多はこう言い放った。


「ヴァルキリーとしてのお願いです。水輝様と、エインフェリアの契約を結ばせて頂けませんか?」

「……それは、どういう――」


 水輝がその意味を問おうとした瞬間、ドアの外から大きな物音が聞こえてきた。


 何事かと反射的にドアの方を振り仰いだものの、何が起きたとしてもメイドか、執事の葛西が様子を見に行くだろうと結論付けた水輝は、再び姫奈多に視線を送る。普段なら率先して確認しに行く所だが、姫奈多を問い質したいが為に普段とは違う思考に陥っていた。


 だが水輝が姫奈多に問う前に、エレイシアが口を開いた。


「水輝さん、見て来て頂けますか」

「いや、ですが……」

「いいから早く行きなさい。これは命令です。拒否は許しません」


 冷たく言い切られ、水輝はしぶしぶ部屋を出た。

 どうやら音の発信源はこの階ではないようだ。階下へと駆ける。

 階段を下りながら、水輝は姫奈多の言葉の意味を考えていた。


 水輝をエインフェリアにしたいという姫奈多の申し出。エインフェリアとは、ヴァルキリーの称号を持つ者と主従の契約を交わした戦士のことだ。

 エインフェリアたちはヴァルキリーから力の供給を受け、より高次の存在として力を振るうことができるようになるという。元魔戦争に於いて五大英雄がラグナロクを打倒できたのも、これが大きな要因であると聞く。


 だがしかし、何故姫奈多はそれを水輝と結びたいと言うのか。またそれを何故、エレイシアに依頼するのか。


 やはり姫奈多の考えは全く分からない。


 考えながら音のした場所を探す内、水輝は一階にまで下りて行った。他の階でなければおそらくここだろう。一体何が起きたのだろう。


 駆け回る内、廊下の奥に、とある人物の姿を見付けた。


 それは、ここに居るはずのない者だった。


「京太、君?」

「水輝……!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る