Chapter 3-5

「空様にゲイル、シロッコの姿を確認。残りはメイドが数人いるだけです。『龍伽』はシロッコの元に」


 美里からの報告を聞き、京太は頷いた。


「分かった。……すまねぇな、美里。無理を聞いてもらっちまって」


 京太は美里に、頭を下げて頼んでいた。空を助けたい。その為の手助けをして欲しい。

 これに美里は、自分の任務を全うしてからならと承諾してくれたのだ。


「いえ。……こんな所で貴方に死なれたら、あやめちゃんが悲しみますから」

「それでも助かる。ありがとう」


 京太の言葉に、美里は顔を背ける。


「それで、後は手筈通りでよろしいですか?」

「ああ、頼む」

「御意」


 美里の姿が消えた。京太は既に起きて構えている紗悠里と棗に視線を送る。


「行くぜ」


 瞳を紅く染め、京太は鉄格子を軋ませながらこじ開ける。その音に慌てて牢獄のドアを開けた、看守であろうメイドを、牢から抜け出した棗がすかさず捻り倒す。


「シロッコってのを呼んで来い。ゲイルってのも一緒にな」


 頷くメイドを棗は解放した。彼女は一目散に走り去る。


 京太たち三人はそれを見届けると、牢獄を出た。外には下階へ続く階段が存在しているのみだった。駆け下りると、広く長い廊下に出た。赤い絨毯の敷き詰められた高級感の漂う廊下である。


 京太たちは立ち止まり、シロッコたちの登場を待つ。


 しばらくと待たず、京太たちの前にどこからともなく風が吹き荒れた。風が止むと、そこに立っていたのは一人の男――シロッコだった。同時に、隣には空を連れたゲイルが現れる。


「なんのつもりだ」

「決まってんだろ。ここを抜け出させてもらうぜ」

「彼女の命はいいのか。それにこちらには『龍伽』もある。置いていくつもりか」


 淡々と発されるシロッコの問いに、京太は首を横に振る。


「どっちも返してもらってからだ」

「この状況でかい?」


 ゲイルの持つレイピアの切っ先が、空の喉元に突き付けられる。シロッコも長剣を手にしていた。


 対する京太たちは武器を奪われている為に丸腰である。更には遅れてやって来たメイドたちが京太たちの周囲を取り囲んだ。彼女らもそれなりの戦闘能力を持つ機関の一員なのだろう。状況は明らか過ぎる以上に京太たちにとって不利だった。


「動くなよ。この子がどうなってもいいのかい」


 ゲイルの宣告に、京太は彼女を睨み付けながら答える。


「騎士道精神って奴はどうしたい」

「黙りな。この子の命がどうなってもいいのか、よくないのかどっちだい」

「そりゃあよくはねぇさ。けどな」


 京太の目の端で、何かが床に落ちるのが見えた。それは瞬時に炸裂し、その場にいるものの視界を包み込む黒い煙を噴き出した。煙幕だ。


「そのままにしておくつもりもねぇよ」

「な、なんだったってん――」


 驚愕するゲイルの声が途中で途切れる。

 京太はどこからか投げつけられたものを掴んだ。それを手に京太は床を蹴る。視界が遮られているのは京太も同じだが、その場にいる人間の位置は把握している。


「扇空寺京太。推して参る」


 風が吹き荒れた。シロッコが翼を展開したのだ。黒翼の羽ばたきにより、突如発生した煙幕は吹き飛ばされる。


 京太は視界が戻るより数瞬前に、手にしたものを上段から振り下ろしていた。だがシロッコの反応速度も常人並ではなかった。視界が晴れたと同時に、目の前に迫る脅威に対して防御行動を取っていた。


 京太の繰り出したそれと、シロッコの長剣が切り結ぶ。


「何……!?」


 シロッコの表情が初めて揺らいだ。京太の持つそれが何か、理解したのだろう。

 京太の手には、奪われたはずの『龍伽』があった。


「『疾風』――!?」


 シロッコは隣のゲイルに視線を送る。だがゲイルは床に倒れ伏していた。人質の空の姿もない。更に言えばメイドたちも床に伏せ、棗と紗悠里の姿も消えていた。


「返してもらったぜ、両方ともな」


 京太は笑みを浮かべた。

 作戦通りだった。京太たちが牢を抜け、シロッコとゲイルをおびき出す。美里はその間に『龍伽』を奪還し、京太の元へ届ける。同時に、空の身柄も保護する。

 人質として運用する為には空を連行してくることはまず間違いないので、京太たちに意識が向いている間に美里が空を奪還するという筋書きだ。


 そのまま美里は空を連れて、紗悠里たちと共に離脱。京太は殿として、シロッコと相対する。

 これが京太の立てた作戦だった。


 だが、シロッコが揺らぎを見せたのも束の間、彼の表情は元の無機質なものに戻る。


「だが、計画に支障はない」

「へぇ。聞かせてもらいてぇな、その計画ってのが何なのか」

「答える義理はない」


 二人の剣が離れる。数度の打ち合いを交え、二人は後退して距離を取った。

 計画。紗悠里から聞いた、シュラの話だけではその全容は見えない。


「そうかい。てめぇは拷問した所で吐くようなタマにも見えねぇしな……。さっさとここを抜け出して、聞かせてくれそうな奴を捜すしかねぇな」


 京太は『龍伽』を鞘から抜き放った。龍伽ではないここなら逆に、通常の刀剣として利用できる。

 が。


「!?」


 京太は刀を抜いた途端、全身に負荷が掛かるのを感じた。それは紛れもなく、『龍伽』の特性が発揮された証であった。


「どうした――」


 シロッコは京太の動きが鈍ったのを契機に、一気に距離を詰めてきた。


「――呆けている暇はないぞ」


 京太は刀を鞘に仕舞い、応戦する。


 二つの剣は再び交錯する。苛烈な打ち合いだが、息を切らせた京太が僅かに押される。京太は構えを『朧』に移行すると、完全な防御態勢を取った。息切れしながらも、京太はシロッコの剣を巧みにいなす。


 京太は猛激を受け流しながら考える。


 何故『龍伽』が特性を発揮できるのか。答えは一つしかない。ここが龍伽の恩恵を受ける地であるからだ。だがここがどうして龍伽なのだ。京太が攫われた時、車は龍伽を大きく離れた山間部へ向かっていた。


 と、ここで京太は思い至る。車は瞬間移動によりここへ辿り着いた。その時点で場所はどこなのか、京太には分からないはずだ。だが直前まで龍伽を離れていた為、そこも龍化を離れた地だと無意識の内に思い込んでしまっていたのだ。


 瞬間移動を用いるのなら、どこから移動しようが同じだろう。だがわざわざ市外へ移動してから行ったのは、京太へ無意識の刷り込みを行う為のカムフラージュだとしたら。


 京太は懐から筒のようなものを取り出すと、床に向けて投げつけた。先程美里が使用した煙幕だ。シロッコとの戦闘を中断する為に、美里から一つだけ頂戴していたのだ。


 京太は視界がなくなると同時に駆け出していた。シロッコはすぐさま風を起こして煙幕を吹き飛ばしてしまうが、その僅かな隙があれば充分だった。京太は牢獄への階段を駆け上がる。


 牢獄の奥には、美里が潜入してきた隠し通路がある。それがそのまま、今回の脱出ルートでもあった。

 通路は上階へ向かって伸びていた。あの牢獄は最上階ではなかったのかと思いながら抜けた先は、先程までとは趣の違う、しかしこれまた高級感に溢れた屋敷の内部だった。


「誰です!?」


 物音に気付いてか、邸内から人の駆けて来る気配があった。


 だが待て。今の声は。


 廊下の奥から現れた金髪碧眼の少年は、京太の姿を見てぽつりと声を漏らす。


「京太、君?」

「水輝……!?」


 二人は互いの顔を見つめ、驚愕を露わにしながら呆然としていた。

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