Chapter 3-2
京太が目を覚ますと、そこは固く閉ざされた牢の中だった。
「本格的に捕まっちまったな……」
動けば、空に『超覚醒剤』を投与される。
この脅しの前には、シロッコと言う男に従う他なかった。京太は刀を落とすと、シロッコから強烈な拳を見舞われ気を失っていたのだ。
拘束こそされていないものの、ヘタに動けば空の身に危険が及ぶ可能性を考えれば、状況こそが何よりの拘束具と言えた。
なんとかここから抜け出し、空を助ける方法を考えなければ。ゲイルは決闘が終われば空を解放すると言っていたが、シロッコはそれを許さないだろう。京太を捕らえておく為には彼女の存在は必要不可欠である。
空の姿はここにはない。彼女が今どうしているかを確かめる術はないが、それ故に京太は動く事が許されない。もどかしさが募る状況だった。
ふと、牢獄の扉が開く音がした。幾人かの足音が近付いて来る。
「目が覚めたか」
抑揚のない声。先頭に立っていたのはシロッコだった。
彼は牢の中に座る京太を冷ややかな目で見下ろす。
「入れろ」
シロッコの命令で、後ろに控えていたメイドたちが京太のいる牢の扉を開けた。彼女らが連行している二人を見て、京太は目を見開く。
「紗悠里、棗……!!」
紗悠里と棗だった。二人は無残なまでに傷付き、気を失っていた。
メイドたちは二人を牢の中へ放り投げる。
「てめぇ……!」
京太はこちらを見下ろしてくるシロッコを、下から睨み付ける。
「『扇空寺』は殲滅した。彼らとこれは、その生き証人だ」
シロッコはメイドから一本の刀を受け取り、京太に見せ付けた。
京太がそれを見紛う筈はない。『龍伽』だ。
それを見た瞬間、京太は鉄格子を殴り付けた。鉄格子は、シロッコの眼前まで歪んで止まる。京太の瞳は紅く染まっていた。
「今はこれで勘弁しておいてやる。失せろ」
京太の言葉に、シロッコは何一つ動じた様子を見せず、去って行った。
牢獄の扉が閉まる音を聞いた後、京太は紗悠里と棗の元へ駆け寄った。
「紗悠里! 棗!」
二人の肩を揺する。すると二人はゆっくりと目を開いた。
「若、様……?」
「紗悠里……! 棗……! 生きてたか」
京太は二人が目を覚ました事に安堵し、しかし口許を引き締める。
「二人共、起きたばかりで悪ぃが、話してくれ。何があった」
京太の問いに、紗悠里と棗は交互に状況を説明してくれた。
『扇空寺』が襲われたこと。シュラの語った『黒翼機関』の目的。『龍伽』を奪われたこと。
そして、不動が死んだこと。
「不動が……」
不動利親。父・椿の側近だった彼は、椿の死後もずっと扇空寺を支えて来てくれた。京太が頭領になった際には、京太の最大の腹心としてまだ若い京太の補佐を続けてくれた。
思い返せば、椿が亡くなり、京太が次の頭領候補として矢面に立たされた時、先頭を切って反対していたのは不動だった。今ではそれは、幼い京太を案じてのことだと分かっている。
京太は歯を噛み締めた。溢れそうになる涙を堪え、紗悠里と棗へ頭を下げる。
「すまねぇ。俺がこんな所で油を売ってるばっかりに……!!」
「そんな……。私たちこそ、何もできず、大変申し訳ございません」
「俺もです。あのシュラって野郎には、まるで歯が立たなかった……! 本当にすみません。俺たちが不甲斐ねぇばっかりに、『龍伽』まで……!!」
沈黙が降りる。やるせない沈黙だった。
シュラ。奴と戦う理由がもう一つできた。不動の仇、必ず討たせてもらう。
「……二人共、ご苦労だったな。こんな薄汚ねぇとこで悪ぃが、ゆっくり休んでくれ」
京太の言葉に、二人は頷き目を閉じた。
二人が眠りに就くのを確認すると、京太は壁に背を預けて思案を始めた。
奴らの目的とは一体何だ。紗悠里から聞いた、シュラの話の内容を思い返す。『扇空寺』を潰し、『龍伽』を破壊する。
あれはそう簡単に破壊できるような代物ではない。相応の準備が必要なはずだ。
それだけではない。『扇空寺』を潰すと言うなら、何故まだ京太が生き残っているのだ。奴らにとっては京太こそが最も邪魔な存在のはず。それが何故こうして生かされているのか。
いずれにせよ、真実を知るにはここから脱出しなければならない。牢から抜け出すのは容易だ。だが脱出できたとして、次の問題はどうやって空を救出するかだ。人質として彼女が囚われている以上、打って出るのは愚策だ。
ならばここはやはり、慎重に行動を起こし、隠密に空を救い出すしか手はあるまい。
連中を出し抜く策が必要だった。
と。京太は牢獄の奥に誰かの気配があるように感じた。どうやら潜められているらしく、微妙な物だが、確かに誰かがいるような気がする。
京太は鉄格子越しに牢獄の奥を覗き見る。
どうやら当たりのようだ。誰かが、音を殺して奥から忍び寄ってくる。相当な手練れだ。京太の研ぎ澄まされた神経だからこそ、僅かながら気配を感じ取れた程の。
奥からやってくる者の姿が露わになる。
京太はその姿に驚きを隠せなかった。眼鏡がなく格好もまるで違うが、間違いない。それは以前、姫奈多に見せてもらった写真の少女だった。
「美里……!」
「扇空寺の若様……?」
天苗美里。双刃の妹。黒装束に身を包んだ彼女は、正しく忍であった。どうやらあちらもこちらを覚えていてくれたらしい。京太が驚くのと共に、彼女もまた、京太の存在に驚愕していた。となると、この再会は偶然の賜物か。
驚きの余り、互いに二の句が継げずにいた。
ここで先に動いたのは美里だ。大きく後退して距離を取り、瞬時に取り出したナイフを構えて警戒態勢を取る。
互いに喜ばしい再会ではない。特に美里からすれば、京太は実の兄の仇だからだ。美里は果たして京太の事をどう思っているだろうか。双刃の件を謝るつもりは京太にはない。
しかし彼女がどうしてもやりきれない気持ちを京太への恨みとするなら、それもまた友を殺した己の業だ。甘んじて受け入れる覚悟はできている。
だが、美里は顔を伏せる。
「……どうして、貴方がこんな所に」
ぽつりと、呟くように美里はそう問うてきた。
京太は息を吐いてから答える。
「見たまんまだ。情けねぇ話だが、ここの連中に捕まっちまってな。こうして閉じ込められてるってとこだ」
「ここの連中……?」
すると美里は顔を上げ、怪訝そうに眉根を寄せた。
「その、「ここの連中」と言うのは?」
「なんだお前、ここが誰の根城かも知らずに潜り込んだのか? 『黒翼機関』の奴らだよ」
それを聞いた途端、今度は美里の表情が驚愕に染まった。
そのまま呆然としていた美里は、やがて恐る恐ると言った様子で訊ねてくる。
「……貴方は、ここがどこかご存じなのですか?」
「あん? 機関の奴らの根城じゃあねぇのかい?」
思わず問い返してしまう。美里の質問の意図が分からなかった。
何故そんな事を訊いてくるのか。確かに、彼女はここに『黒翼機関』の連中がいることを知らなかった。だが、だとすれば彼女は一体、ここをどこだと思って潜入してきたのだ?
「……お前、ここに何しに来た?」
「私は姫奈多様からここの調査を命じられただけです。……何も、知りません」
美里は顔を逸らしながら断言した。硬く閉じられた口は、これ以上の追及には応じないという意思表示だろう。
ならばこれ以上は問うまい。真実は自分で確かめればいい。
だがその為には。
「分かった。……なあ美里。一つ、頼みを聞いてくれねぇか」
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