Chapter 2-5

 眼前へ迫り来るシュラを前に、不動は深く息を吐き、拳を構える。


「ほう……」


 シュラは感嘆する。徒手空拳の構えを取った不動には、一分の隙も見られなかった。

 しかしシュラは駆ける足を止めはしない。一気に間合いを詰め、サーベルを振り抜く。


 不動はそれを見事に見切り、上体を後ろへずらして躱す。すかさず、その反動を利用した掌底を放つ。


 これをシュラは後ろに飛び退いて避けた。二人の間合いが再び開く。


 シュラは腹部を見た。不動の拳の衝撃波により、布地に切れ目が入っていた。


「……成程。それがあなたの戦闘スタイル」

「そう言うてめぇは、どうやらまだ本気じゃあねぇみたいだな」


 不動は腰を低く構える。その構えは、中国拳法の八極拳に似ていた。


 竹林が風に揺れる音が響く。それ程までに静かに、だが双方に闘志を燃やしながら相対する。


「てめぇ、まだ肝心なことを話してねぇな」

「何をです?」

「若のことだ。『扇空寺』が邪魔だってんなら、若もそうだろう。だがその若を真っ先に殺さねぇのは何故だ?」


 不動は引っかかっていた疑問を口にする。


 シュラは京太を拉致監禁したと言っていた。だがそれは妙だ。『扇空寺』が彼ら『黒翼機関』にとって邪魔な存在なら、その頭領たる京太こそ、最も排除すべき対称であるはずだ。


「残念ながら、その目的については私の知る所ではありません」

「そうか。なら、てめぇらの王ってのに直接訊くまでよ」

「できると思いますか?」

「例え、できねぇとしてもだ」


 不動の姿が、シュラの眼前から消える。


「無理を通すのが俺たちのやり方よ!」


 不動はその一瞬にして、俊敏なフットワークによりシュラとの間合いを詰めていた。


 掌底がシュラに肉薄する。だがシュラとてそれを馬鹿正直に直撃させるような男ではない。彼は身体を捻って不動の拳を躱す。


 不動は更に足を踏み込み、続けざまに逆の腕から繰り出される肘打ちを放つ。


 やむなくシュラはこれを腕で防御した。すかさず不動は反転し、当て身を繰り出す。不動の攻撃には最初から一貫性があった。当て身を受けたシュラへ、とどめの掌底を捻じ込む。


 すると、掌底と接触したシュラの腹部で何かが炸裂した。不動の掌から炸薬のように繰り出されたそれが、シュラを襲う。


 これを受けたシュラは後方へと弾き飛ばされた。堪らず、彼はその背に黒翼を展開して羽ばたく。ホバリングの要領で体勢を立て直す。


「これはお見逸れしました。ここまで見事な闘気法の使い手だったとは」


 人の身体を巡るエネルギーの一つに、闘気と呼ばれるものがある。闘争心から生まれるこのエネルギーは、体内で滞留させる事で肉体の強度を増し、更に末端部分から放出される事で炸裂する性質を持つ。

 これを使いこなし、闘技として昇華させたのが、不動の操る闘気法である。


「ならば、これはいかがです?」


 シュラは黒翼を大きくはためかせた。巻き起こる突風が不動を襲う。この風自体に攻撃としての意味はない。

 だが、こと不動と相対した場合にはそれ以上の意味を持つ。


「くっ……!!」


 不動が防御の体勢を固めた所へ、シュラは踏み込む。


 闘気法の極意は呼吸にある。闘気は普通の人間には到底扱える代物ではない。しかし彼ら闘気法の使い手は、特殊な呼吸を極める事によって闘気を操る術を手にしている。

 つまり、呼吸が困難な状況に陥れば、普通の人間となんら変わりないのだ。


 突風に襲われ呼吸を乱した不動へ、シュラは突きを放つ。


 対する不動は、防御態勢を取りながらそれを待ち構えていた。闘気により強化した肉体ならサーベルを受け切る事もできるが、呼吸を乱された今はそれも叶わない。ならばと不動はカウンターによる一撃に狙いを定めた。突きを引き付け、寸前で躱す。その隙を突いて反撃の掌底を叩き込むのだ。


 不動は眼前に迫る刺突を待つ。シュラの狙いはどうやら不動の首元のようだ。


 あと一瞬。喉に切っ先が刺さる、その寸前で。


 不動は身体を捻り、突きを躱した。腕を伸ばし切ったシュラは、完全に無防備だった。しかしそれはシュラ本人にも分かり切ったものだ。たった一瞬の隙に過ぎない。不動はそのたった一瞬の隙を捉えるべく、掌底を放つ。


 だが、シュラの表情には余裕があった。彼は背の黒翼をはためかせる。これにより、彼の身体は宙へと躍り出た。不動の掌底は空を切り、逆に必殺の一撃が躱された為に隙が生じる。


 それを見逃すシュラではない。シュラは上下の反転した身体を巧みに制御し、サーベルを振るった。


 袈裟懸けに、不動の身体が切り裂かれた。

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