Chapter 2-4

《お掛けになった電話は、電波の届かない所にあるか、電源が入っていない為――》


 紗悠里は、もう何度目かも分からないアナウンスの途中で電話を切った。


 京太が連絡一つないまま帰宅せず、丸一日が経過した。それから今に至るまで音信不通。合わせて空にも連絡を取ってみたのだが、彼女にも電話は繋がらなかった。


 二人とも連絡が取れないままということに不安感が拭えない。『眼』を使って捜索を始めたが、それでも二人の姿は見つけられずにいた。


 紗悠里は『扇空寺』の台所と言っていい存在だ。ここから動けない彼女は、棗に京太たちの捜索を頼んでいた。

 と、丁度ここで棗から着信がくる。


「はい、紗悠里です」

《ダメだ。二人ともどこ探してもいねぇ。……一度俺も帰るぜ。お前一人で飯の準備するのは大変だろ》

「……分かりました。お気を付けて」


 通話が終わる。

 何かよくないことに巻き込まれているのだろうか。この心配が杞憂に終わればいいのだが。


「……京ちゃん」


 思わず声に出して呟きつつ、俯きそうになる顔を、紗悠里は歯を食いしばって何とか上げた。こんな時だからこそ、気丈に努めなければ。目下捜索中の頭領だが、もし彼が紗悠里と同じ立場ならきっとそうすると信じて。


「紗悠里」

「不動様」


 台所へ向かおうとした紗悠里の前に、不動がやって来た。京太不在の中、すべての指揮を執るのは彼だった。


「若から連絡はないか?」

「ええ……。棗さんも手掛かりなしだそうです。一度捜索を打ち切って、こちらに戻ってくると」

「分かった。こっちも持ち回りで飯にさせよう。……すまんな、こんな時にお前にばっかり台所を任せちまって」


 不動の謝罪に、紗悠里は首を横に振る。きっと紗悠里の心中を察してのものだろう。今すぐにでも本家を飛び出して、京太を捜しに行きたいという思いを。


「妙なタイミングで悪いことが重なりやがる。若がいなくなったことと『ラグナロク』、関係ねぇとは思えねぇな」

「まさか、『黒翼機関』が……」

「そう。これも全部ヤツらの仕業かもしれねぇ。だが、もしそうならこいつはある意味、奴らの尻尾を掴むチャンスかもな。今まで散々後手に回ってきた分を巻き返すには、ここしかねぇ。きっと若もそう考えてるはずだ」


 だからこそ、今は京太の捜索と『ラグナロク』の調査。どちらにも気は抜けない。


 と、ここで不意に拍手の音が廊下の奥から聞こえてきた。


「さすが、いい着眼点ですね」


 そう言って二人の前に姿を現したのは、シルクハットを被った奇術師のような青年だった。紗悠里はその顔に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない。


「『蒼炎』……!」


 その二つ名を持つ、『黒翼機関』のエキスパート。


「あまり気安くそちらの名で呼んで頂きたくないのですが……。その意味も込めて、改めて自己紹介させて頂きましょう。私は『黒翼機関』のエキスパート、シュラと申します」

「……頭領・扇空寺京太の側近頭、玖珂紗悠里です」

「不動利親だ」


 対する紗悠里と不動は、平坦な口調で返す。身構える二人に対し、シュラの笑みが困ったように歪む。


 シュラはシルクハットを外し、その中に手を入れる。

 取り出したのはビニールに包まれた錠剤だ。これを不動の足元に投げて、話を始める。


「『ラグナロク』。万野慎吾氏と我々で作り上げた究極の麻薬、とでも言いましょうか」


 これが。紗悠里は目を見開いて錠剤を見つめた。

 シュラは続ける。


「天然のマンドラゴラに、とある人物の血液を掛け合わせて精製した物です。効果としましては、各種脳内麻薬を強制的に分泌させることによる覚醒状態の誘発。魔力回路の強制的な活性化。更に、付着した唾液の人物情報を取り込み、その人物への服従を強いる幻惑効果」


 服従を強いる。そんなことが本当に可能なのか、と問いたくなるが、紗悠里たちは既に、前の戦いの中で薬を服用した樹理や樋野の存在を見ている。

 しかし、とある人物とは誰のことなのか。


 問う間もなく、シュラは重ねる。


「我々は万野氏に協力して『ラグナロク』を開発、完成させました。そしてこれ龍伽を中心として円状に拡散。彼ら『ラグナロク』の服用者を龍伽を囲むように配置し、活性化した魔力回路を使用して結界を作ります」


 結界――? そんなものを作って何をするつもりなのか。


「そして扇空寺京太殿についてですが、お二人は先日夕刻頃、我々が拉致。拠点内にて監禁させて頂いております。我々の計画を進めていくに際して、どうしても『扇空寺』の存在は邪魔になる。ですので我々はまず、この組織のトップである扇空寺京太殿を隔離し、『扇空寺』の方々を個別に排除するという策を打ち出しました」

「てめぇ……!!」

「おしゃべりはこれくらいにしましょう。『龍伽』をお渡しください。あれを破壊し、この土地の龍脈を破綻させる」

「ふざけるな。てめぇの言葉がどこまで本当かはしらねぇが、あれだけは渡すわけにいかねぇ」

「でしょうね。では、これ以上の問答は不要」


 シュラは次に、サーベルを抜き放つ。


「参ります」


 シュラが床を蹴る。それに反応するように不動が前に出た。

 不動は背にした紗悠里へ声をかける。


「紗悠里、お前は『龍伽』を持って逃げろ!」

「ですが!」

「アレを失う訳にはいかねぇんだ、早くしろ!」

「――はい……!!」


 紗悠里は不動の命令に従い、踵を返した。


「行かせませんよ」


 だが、シュラはそれを阻止するべく指を鳴らした。

 周囲の影から、獣型の『魔』が次々と現れ、道場の方へ走ろうとする紗悠里の行く手を阻む。


「紗悠里!!」


 と、現れた『魔』の群れと紗悠里の間に、一本の槍が飛来した。


「棗さん!」

「行きな、紗悠里。こいつらは俺が片付ける」


 それはたった今、本家に帰還した棗の物だった。彼は床に突き刺さった槍の元に降り立ち、紗悠里に代わって『魔』の群れと相対する。


「お願いします!」


 紗悠里はこの場を棗に任せ、駆け出した。


 『魔』の群れがそれを見逃す筈もなく、紗悠里へ襲い掛かって来るが、それを棗の槍が阻む。


 棗の援護により離脱に成功した紗悠里は、道場へ向かって駆けて行った。

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