Chapter 2-3
『蒼炎』からの報告、とゲイルは口にした。それはつまり、あの時のシュラとの戦いで得られた『交戦データ』とやらが余すところなく彼女に伝えられたと考えていいだろう。
ならばゲイルは、シュラとの戦いで披露した京太の技の全てを知っているということだ。
それなら。取るべき手段は一つだけだ。
音速もかくやと言う速度で一気に間合いを詰めた京太は、横薙ぎに刀を振るう。
対するゲイルは、京太の刀身に鍔を重ねて受け流すように応戦する。金属音を立てて重なった刃が、互いを擦り合わせながらすれ違う、その最中にゲイルは京太へ当て身を重ねようとする。
しかし京太はそのまま身体を反転させ、ゲイルの背後へ回り込む。
――扇空寺流『霞桜』。
それははらりと舞い散る桜の花びらの如く。ゲイルの背後を取った京太は、更にゲイルを斬り捨てるべくそのまま回転しつつ刀を振るった。
扇空寺流に於ける三つの型の一つ、『霞』。シュラとの戦いで唯一見せていないのがこの、瞬の型『霞』であった。これに対抗する策を、当然、今のゲイルは持ち合わせていない。京太はそこに必勝を見出したのだ。
しかし、ゲイルの反応速度とて人並みではない。特にその速度に関してはつい先程舌を巻いたばかりである。背後を取られたと悟った彼女は、失敗した当て身の慣性をそのまま利用し、背面に迫る斬撃を前転で回避しつつ、反転。体勢を整え京太と向き合う。
だが京太の攻勢はそれで終わった訳ではない。躱されたと同時に、京太は再び彼女との距離を詰めるべく疾駆していた。
――扇空寺流『炎蓮華』。
続いて京太の繰り出すのは『霞』の業ではない。烈の型『炎』に属する、力押しの連撃だ。振るう斬撃は悉く、鋭い反応で防御を取るゲイルに弾かれるが、しかしそれこそがこの業の持ち味だ。
苛烈な打ち込みに防戦一方と化したゲイルは、返す手もなく圧されていく。敵に敢えて防御を許す事で、逆に敵の取れる行動を制限し追い詰める。
そして、堪らず防御の崩れた隙を見逃さず、必殺の突きを繰り出す。
ゲイルの胸に突き立てるべく放たれた刺突が、彼女の寸前まで迫った時だ。
「――舐めるんじゃないよ!」
瞬間、ゲイルは指を弾いた。
すると彼女の姿は、京太の眼前から瞬く間に消えてなくなった。ゲイルは京太から大きく距離を取った、闘技場の反対側にいた。
刀を降ろし、彼女を振り返って京太は問う。
「いいのか? 今のタイミングで後ろから斬りゃあ、俺を殺せてたぜ?」
「騎士道精神ってのは面倒でね。そういう決着は望まれないし、何より私がそんな終わり方を望んじゃいない。言ったろ? 私はこの力が嫌いなんだ。今更使う事に躊躇うつもりはないけど、これのお陰で勝ったって私には何の意味もない」
二人は改めて剣を構えて対峙する。
「お互い、遊びはここまでにしようか。見せてもらうよ、扇空寺の鬼の本気って奴を」
言い終わるや、彼女の周囲を瞬く間に風が包んだ。
「我が名はゲイル。『疾風』の二つ名を拝命した、『黒翼機関』がエキスパート」
風が止むと同時に、彼女の背に一対の黒い翼が雄々しく生え揃った。これこそが、彼女が『黒翼機関』のエキスパートたる由縁であった。
「いいぜ。受けて立ってやる」
京太の瞳が紅く染まった。
それを見て、ゲイルが満足気にほくそ笑む。互いに、これが最後の打ち合いになるであろうと感じながら、二人は少しずつ間合いを狭めていく。
ざ、と砂を擦る音だけが響く。距離を測りながら、無論京太は忘れていない。彼女がこの距離を、文字通り一瞬で詰められる事を。
「行くよ」
宣言したのは彼女の誇りの表れか。
ゲイルは指を鳴らす。
二人の距離は瞬く間にゼロと化した。
同時に、京太が認めた神速の突きが眼前に迫る。
これはしかし予想通りの一撃だ。京太は鬼の膂力を以ってこれを弾き、ゲイルの体勢を崩させんとする。だがゲイルは背の翼をはためかせた。これにより身体のバランスを制御する彼女は、京太の圧倒的な腕力に圧し負けはしない。
「聞いた通りだね。あんたとの身体能力の差は、これで埋められる!」
ゲイルは京太の膂力をものともしないボディバランスを武器に、猛攻を重ねた。
しかし京太とて、それで劣勢に陥りはしない。彼には扇空寺流、楯の型『朧』がある。鬼と化し、この業を遺憾なく振るう京太に届く攻撃など、存在するのならそれは神技と言っても過言ではない。
果たしてゲイルの業は神技の域に達するか否か。
ゲイルの発する剣圧に防戦一方の京太だが、彼はその悉くを華麗にいなし続ける。ゲイルの剣速は、翼の補助も借りて勢いを増していく。躱し続ける京太も、その為に攻勢に出れないのもまた事実であった。
ゲイルが指を鳴らす。瞬間、彼女の身体は虚空へと移動した。翼の羽ばたきを以って、四方八方からの刺突を次々に繰り出して来る。
「チッ……!」
これには京太も舌打ちを禁じ得ない。この攻防から抜け出す術を見出さなければ、いずれは防戦側にある京太が押し負ける。
勝機があるとすれば。
京太の中で、たった一つ。綱渡りのような勝利への道筋が思い浮かぶ。分の悪い賭けかもしれないが、今はそれしかない。次に奴があれを使った時。それが勝負の分かれ目だ。
京太は腹を括る。今はまだ、耐えろ。
尚も続く、熾烈を極めるゲイルの連撃を耐え凌ぎつつ、京太は隙を窺う。
それが功を奏したか。やがて、どれもが決定打となり得ない焦りか、ゲイルの表情に変化が垣間見えた。ぎり、と歯を噛むような表情。ゲイルは左手を動かす。それは指を弾く動作だった。
――ここだ!
瞬間、京太は前へ踏み込んだ。ゲイルの姿が消える、その刹那に前方へ地を駆ける。
京太から見て遥か前方へ転移したゲイルの表情が驚愕に歪む。京太はそんな彼女との距離を、一足飛びで詰めていた。
これが彼が攻勢に出る、唯一の手段だった。ゲイルが攻撃に緩急を付ける為に転移をする、その瞬間を狙ったのだ。
彼女は転移の際、指を弾く。それさえ分かっていれば、後は埒の明かない膠着した状況を作り出せばいい。
新たな攻撃を繰り出すまでの、ほんの一瞬の隙。それが京太にとっての勝機だった。
再び転移しようとした彼女の左手を取って、京太は刀の切っ先をゲイルの額に突き付けた。
掴んだ彼女の手が弛緩し、力が抜ける。細剣を取り落とし、彼女は口を開いた。
「……私の負けだ。好きにしろ」
その言葉に、京太が刀を握る手に力を込めた、その瞬間だった。
「そこまでだ」
突如、京太とゲイルの間に暴風が荒れ狂った。
これに堪らず二人は距離を空ける。
そして、その暴風の中心に現れたのは一人の男だった。風が止むと、彼は京太に向かってこう言い放った。
「扇空寺の鬼よ。これ以上やるというのなら、あの娘に『ラグナロク』を服用させる」
京太は反射的に空を見やった。
「京太……!」
空を拘束するメイドが、『ラグナロク』を空に飲ませんとして構えていた。男の指示があればすぐにでも彼女は命令を実行するだろう。
これに声を荒げたのは、ゲイルだった。
「『暁』!」
「分かっている。だが、お前をここで喪う訳にもいかない」
『暁』と呼ばれた男は、抑揚のない、平坦な口調で彼女を諌めた。
「てめぇ、何者だ」
京太は『暁』を睨み付け、問うた。
「俺はシロッコ。『黒翼機関』のエキスパート。そして、『疾風』の兄でもある」
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