Chapter 2-2
辺りはすっかり夜の闇の中へ呑み込まれていた。
京太たちを乗せた車は街を出て、山の中を走り続けている。ゲイルを名乗る少女に連行され、京太たちはこの車に乗せられていた。
うねるように続く山道を走る車はやがて、山腹にぽかりと口を開けるように存在するトンネルへと突入した。
長いトンネルだった。入ったばかりの地点では出口が見えない。オレンジ色の明かりが照らす武骨な光景を眺めていると、不意にゲイルが指を弾いて鳴らした。瞬間、トンネル内が暗転する。
「わっ」
空が驚いた声を上げる。
だがそれも一瞬で、すぐさま周囲は元の明るさを取り戻す。しかしその景色は全く別の物へと変わっていた。
「え、あれ?」
空の戸惑った声を聞きながら、対して京太は「へぇ」と感嘆してみせる。
「大した仕掛けじゃねぇか」
つい先程までトンネルの中を走っていたはずの車は、夜空の元を駆けていた。それだけではない。ここは既に山中ではなく、広く平坦な庭園の中であったのだ。
京太には何が起きたかぼんやりとだが理解できた。ゲイルが指を鳴らすのをスイッチに、何か魔法的な力が働いて車は一瞬の内にここまで移動したのだろう、と。
ただ、少し違和感を覚えたのも確かだ。それが魔法のような力の作用ならば、京太の中の鬼の血が、多少なりとも反応するはずなのだが。そんな感覚は欠片もなかった。
「もうすぐだ」
車は庭園を進み、やがて黒塗りの高い壁の前で停まる。そこには巨大な扉が設置されているようだった。見るからに堅牢な扉は人の手では開きそうもない。
「少し待ちな」
運転手が車を降り、壁に設置されたパネルを操作し始めた。すると、扉が音を立てて開いていく。車は扉の中に入っていった。
やがて車は屋内の駐車場に停まった。車を降りる。するとそこに待機していたメイドが空の身体を拘束する。
「この子は別の通路へ連れて行く。あんたは私に付いて来な」
先を行こうとするゲイルを前に、京太は空を見やる。空は京太を見返して、口を開く。
「負けないでね」
「ああ。こんなとこで死んでやるつもりはねぇよ。お前は大人しくしてな」
微笑み合うと、京太は踵を返した。ゲイルの後ろに追随する形で通路を進む。
辿り着いたのはこれまた黒塗りの扉の前だった。今度は人一人が通るのに丁度いいサイズの、両開きの扉だ。
ゲイルがそれを開けると、京太の視界が一気に開けた。
そこは、古代ローマのコロッセオを彷彿とさせる、円形の闘技場だった。
観客席には空と、彼女を拘束するメイドの姿があった。他に人の姿はない。
ゲイルは闘技場の中央へ向かって歩いていく。そこには二本の刃があった。片方はいわゆるレイピア――彼女が先ほども携えていた細剣。もう片方は、京太の身の丈程度の大きさを持つ日本刀である。
「あんたの獲物が刀だっていう報告は『蒼炎』から聞いてる。ちゃんとそれなりのものを用意させてもらった。私のレイピアも、刀剣の位としては同等の物にしてある。文句はあるかい」
「いいや。むしろ、俺もその細いのを使わされるかと冷や冷やしてたとこだ。ありがてぇ」
強いて言うなら、抜身ではなく鞘ごと用意して欲しかったものだが。しかしそれは、剣一本の相手に対して剣と盾を持って戦うようなものだ。京太は敢えて言わずにおいた。
「……あんたはあの『蒼炎』みてぇに宝具は持ってねぇのか?」
京太もゲイルに続いてそこまで歩み寄る。
「あるよ。けど、これは私なりに騎士道って奴に則った決闘だ。あんたに宝具がないのに、私だけが使う訳にはいかない」
彼女は細剣の柄を握り締めた。
同じく京太も、日本刀の柄を握る。
「この決闘が終われば、どちらが勝つにせよあの子は解放してやる。……抜いたと同時に始めるよ」
京太は頷く。
「で。やる前にどうして俺を目の仇にするのか、理由は聞いときてぇな?」
京太は真っ直ぐにゲイルを睨み付ける。ゲイルはそれに物怖じせず、答える。
「別に。単純な話さ。あんた、『ガーデン』って施設のことは知ってるだろう?」
「……いや、知らねぇな」
「へぇ、意外だね。てっきり絹枝から聞いてるものだとばかり思ってたよ」
ゲイルは天井を見上げた。何となく、あまり言いたくない話をするのだろうと京太は思った。
「『ガーデン』。そこは所謂、超能力者って奴を研究してる施設だった。絹枝や樹理もいたそこに、私もいたんだ。被験者としてね」
「被験者……。ってこたぁてめぇも」
「ああ。私は超能力者だよ。念力だの、透視だのテレパシーだのが使えるけど、一番得意なのは空間転移だね。ここに来る時、トンネルから一瞬で移動しただろう? あれがそうさ」
ゲイルは指をパチンと弾く。すると彼女の姿が掻き消える。へぇ、と京太は感嘆する。今彼女はどこにいるのか。気配すら感じない。
そして次の一瞬で、彼女は元の場所に現れた。移動した気配は一切感じなかった。なるほど、超能力とやらは本物らしい。
「ま、そいつは今はどうでもいい。その『ガーデン』ってとこはね、一言で言うなら地獄のような場所だった。
その素質を持ってるってだけで家族から引き剥がされて、『ガーデン』に連れて来られた私たちは、毎日毎日、ただひたすら、そこの研究員たちの実験に付き合わされた。人を人だと思っていない、無茶なもんさ。死人も大勢出たよ。
最初は二十人超いたはずの被験者も、いつの間にか私を含めて六人になってた。次に死ぬのは誰だろう、私が死ぬのはいつだろう、そんな事ばかり考えてた気がするね。
みんな私と同じ年くらいの子供ばかりだったって言うのに、大の大人がそいつら使って実験実験。よくもまあ飽きもせずやってたもんだよ。お陰様で私はこの力が大嫌いだ。
こんなものがなけりゃ、私たちはあんな地獄で暮らしていかなくても済んだのに」
ゲイルはそこで一旦息を吐く。
「でも、そんな私たちにもようやく、希望みたいなものがやってきた。……ま、希望なんて言うにはちょっと、問題のある人間だったけれど。でも、そいつが私たちの地獄を終わらせてくれた」
ゲイルは再び京太を睨み付ける。
「そいつの名前は万野慎吾。あんたが殺した男だよ」
京太はその視線を真っ向から受け止める。
「あんな人間でも、私たちにとっては地獄から救い出してくれた恩人さ。感謝はしてるよ。だから、せめてけじめだけは付けさせてもらう」
それから、沈黙が続いた。
互いに顔を見合わせたまま、それぞれの獲物の柄を握ったまま、数秒の時が流れる。
精神が研ぎ澄まされていく。決闘に相応しい静謐な空気が辺りを包む。
先に剣を抜いたのはどちらか。いや、同時だ。
鋭敏な神経で互いの出方を窺っていた二人は、その精神すら同調したかのように、まるきり同時に刃を抜いた。
更に、互いの剣戟が交わる初手に至るまでの、剣閃の速度も互角であった。交差する刃が火花を散らし、互いに込める力が拮抗する。鍔迫り合いが全くの互角に終わると、二人は剣を引き、新たな一撃を繰り出す。
ゲイルの繰り出す刺突は、神速にして苛烈であった。眼前に迫り来る刃に、京太は刀の切っ先を合わせていなしつつ、更に穿つように放たれる一撃を前に反撃の余地すらなく後退していく。
そのまま京太は、壁際まで追い詰められてしまう。背は壁に阻まれ、目の前からは強烈な突きが京太の命を刈り取らんと迫る。
それは紛れもなく必殺の一撃だった。逃げ場のない京太を無慈悲に、残酷に確実に刺し穿つ為だけの刺突を前にして、京太は全神経を研ぎ澄ませる。回避する道は、左右どちらかしかない。しかし、京太から見て左から迫る一撃を、馬鹿正直に左へ避ける隙など存在しない。答えは右しかないのだが、京太は敢えて大きく屈み左へ身体を捻る。
「なっ……!?」
それが存外にゲイルの予測を裏切ったのか、壁に細剣を弾かれつつも蹴脚の用意をしていた彼女の目を見開かせた。普通ならば刺突とは逆の手の方へ回避する。ゲイルはそれも見越して蹴りの準備をしていたのだが、京太はそこまで読み切った上で回避行動を取ったのだ。
京太は避けた慣性のままに大きく間合いを取る。
「成程な。突きの速さじゃあ到底敵いそうにねぇ」
「よく言うよ。あんた、まだ本気のほの字も出してないだろう? 早く見せてみなよ、扇空寺の鬼って奴をさ」
「はっ、あんたが本気を出すんなら――なっ!」
京太は言いながらも身体を大きく前傾させ、最後の声を発すると共に地を蹴った。
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