Chapter2 ブラックウィング・リベンジャー
Chapter 2-1
スピーチを終え、
「それでは彼、長谷川君の出世を祝って、乾杯」
続いてマイクの前に水輝の父であり月島ホールディングス社長・月島
水輝も自らのグラスを傾けた。殆どの来場者にはブランデーが渡されていたが、未成年にはソフトドリンクが振る舞われている。もちろん、水輝も例外ではない。
「では皆さん、今夜はゆっくりと楽しんでいってください」
ブランデーを一口で呑み干した月島は、顔色一つ変える事無くそう言うとマイクの前から離れた。
途端に、会場は来場者たちの声と動きで賑やかになる。水輝は会場の端でその光景を眺めながら物思いに耽る。
今日付けの人事で、長谷川が新たな副社長に就任した。三十代前半と言う若さながら、かねてより次期副社長と目されてきた人物であり、それを鑑みればまず順当な人事と言えた。
これは長谷川の副社長就任を祝う為に、社長自ら自宅で開催したホームパーティである。招待客は社内の人間はもちろん、市内各地の地主など多岐に富んでいる。水輝にとっては識っている顔も多い。
だが、水輝はどうにもこの人事に不自然さを拭えなかった。
あまりにスムーズに事が運び過ぎているのではないか。前副社長は就任からそれほど期間が経っていたわけでもない。しかしその不自然さをまるで感じさせることなく円滑に人事は終わっている。それが逆に引っかかるのだ。
念の為、長谷川の略歴を調べてみたが特に不審な点は見られなかった。公務員の夫婦の間に生まれ、年の離れた妹が一人。大学卒業後月島ホールディングスに入社してからは、順調にキャリアを重ね出世してきたビジネスマンの鑑とでもいうべき人物である。
強いて言うならその出世スピードが速いことくらいだが、有能な人物に重要なポストを与える傾向が強い人事を鑑みれば、それはむしろ彼がいかに能力のある人間であるかを指し示す指標でしかない。
「あら、どうかなさいまして?」
ふと、水輝の傍に歩み寄る二人の人間の姿があった。一人は豪奢なドレスに身を包んだ幼い少女で、もう一人は少女の傍らに追従するように立つ、給仕服を身に付けた少女である。
「いえ。ところで、あなたは?」
水輝にとっては識っている人物であったが、初対面である以上問わないのは不自然であった。
彼女はドレススカートの端を両手で摘み、深々と頭を下げる。同時に給仕服の少女も頭を下げてきた。
「失礼しました。私、四条姫奈多と申しますわ。こちらは本日、私の世話係を務めます、綾瀬雪と言います。よろしくお願い致しますわ、月島水輝様」
「四条。もしかして、あやめさんの……」
姫奈多は頭を上げ、水輝へ微笑みながら答える。
「ええ。その節は姉がお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ。しかし今日いらしたのはあやめさんではないのですね」
「ええ。お姉様はお忙しくて。私が代理で」
「そうでしたか……。では、あやめさんにはよろしくお伝え下さい」
姫奈多は頷く。
「では水輝様、行きましょう。社長の息子さんがこんな所にいらしては、パーティも盛り上がりませんわ」
「いえ、僕は……」
結構です、と言い切る間もなく姫奈多に手を引かれ、水輝は来場客の輪の中に連れて行かれてしまう。
そこではやはり、社長の息子として知られている水輝がやって来た事で来賓たちも盛り上がる。愛想よく話を合わせるものの、人の輪の中心になるのを好まない水輝にとっては早く離れたいという思いで一杯だった。
ちら、と隣の姫奈多を見やる。中学生になったばかりの年齢だと言うのに、大人相手に彼女の方が余程大人だと思える程に堂々と言葉を交わしている。
次に水輝は長谷川を探した。彼は水輝たちの輪からはかなり離れた輪の中で月島たちと談笑していた。何を話しているのだろうか。
「水輝様」
不意に姫奈多がこちらを見上げてきた。彼女は微笑むと、そっと水輝にだけ聞こえる声量で囁いてくる。
「気になりますか?」
姫奈多の目が細められる。その、水輝の心中を見透かしていると言わんばかりの笑みに水輝は身体の芯に寒気が走るのを感じた。
「何を……」
「貴方が私のことをよく知っていらっしゃるように、私も貴方のことはよく知っていますわ」
姫奈多は続ける。
「副社長が早々に交代する人事。にもかかわらず、特に混乱することもなく正常に動いている会社に違和感が拭えない」
思わず水輝も目を細めて笑みを消す。果たして彼女は自分にとって敵か味方か。それとも。姫奈多の真意を計らんとして彼女を見つめる。
「ご心配なさらずとも、私も同じ気持ちでここへ来たんですのよ。月島ホールディングスの内部をこの目で見られる、いい機会でもありますもの」
同じ気持ち。彼女も水輝と同種の違和感を覚えているということか。成程。それならば彼女は少なくとも水輝の敵にはなり得そうにない。
味方かどうかは話が別だが。
「その口振りだと、僕よりよっぽどあなたの方が気にしているように聞こえますね」
「ふふっ、私、まだ好奇心旺盛な十二歳の中学生ですもの」
ささやかな皮肉を言ってみたつもりだったが、華麗に返されてしまった。流石にこの幼い身で四条の当主となっただけの度量は充分と言った所であった。どこか、京太に通じる所があるなと水輝は感じた。無論、二人の血縁関係は承知の上だ。
ようやく水輝の中に、彼女が京太の身内であるという実感が湧いてきた。退魔組織の頭領と、地主である名家の娘というまるで正反対の世界に生きる二人の、血の繋がりが見えた瞬間であった。
そう考えると、不思議と姫奈多がこちら側の人間であるように思えてくる。彼女にこちらへの敵意はないだろうと考え、水輝は再び長谷川の方を見やった。
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