Chapter 1-4
京太は自身にとって、かけがえのない大切な人間を三度も目の前で喪った。
七歳の時、母は京太の目の前で父親の姿をした阿修羅に殺され、鬼と化してしまった父を葬ったのは他ならぬ京太自身だった。
ついこの間まで、その記憶は京太にとって忌むべきものとして封印されてきた。だがそれを思い出した今は、まるでその反動のように、当時その眼に映したものを鮮明に思い返すことができる。
燃え上がる炎。灼熱の業火の中で焼け落ちていく日本家屋は、紗悠里の生家である玖珂家のものだ。
あの日、父と母、京太とあやめの親子四人は玖珂の家を訪れていた。紗悠里を京太の側近にするという話を付ける為だ。話は上手く纏まりつつあったのだが。
轟、と。突如として炎が放たれた。
炎はたちまちにして木造の屋敷を烈火に包んだ。そして邸内を強襲してきたのは、影のような漆黒の体躯を持つ獣――魔であった。
屋敷を破壊しつつ侵入してくる多数の魔どもを前に、京太とあやめは砂苗に誘導されどうにか逃げ出すことができた。襖の奥に逃げ込む寸前、京太たち兄妹を庇うように抱く母の腕越しに視たのは、今ならはっきりと認識できる。
漆黒の翼。黒翼機関のエキスパート、シュラがその背にはためかせていた物と全く同一の代物だ。
以後の経緯はそもそも京太の知る所ではない。母を父が殺し、父を息子が殺すという考え得る限り最悪の結末が待っていただけだ。
父の姿をした鬼を討った京太は、何か強い力に撃たれた感覚と共に気を失った。覚醒したばかりの鬼の力を振るった反動なのだろうと京太自身は分析している。
次に目覚めた時、京太はそれまでの記憶を全て失った上で扇空寺の屋敷にいた。
何もかもが変わって行った。京太は記憶――それまで生きてきた自分自身の無い空っぽの存在となってしまい、あやめは養子に出され、同じくこの事件で両親を亡くした紗悠里は扇空寺の本家に預けられることとなった。
思い返せば返す程に京太は、自身が脆い存在だったと痛感する。弱冠七歳の少年にそれを言うのも酷というものだが、あやめと紗悠里は記憶を保ったまま気丈にこれまで生きてきたと言うのに、京太は全ての記憶を封じてしまった。
そうしなければ幼い少年の精神は崩壊してしまっていたのだ。
記憶喪失の京太にとって全てが未知の邂逅であり、既に失われたものだった。何かに触れる度に付き纏う既視感が、最終的に自分がこれを失って来たのだと言う喪失感に変わる。
何を見、何を聞き、何を知り何に触れても同じような感覚に苛まれてきた少年はいつしか全てに距離を置くようになっていた。
退魔師の後継ぎと言う特異な境遇もそれを助長させてしまい、結果、厭世的で俗世に興味を持てない世捨て人染みてしまった。
自分の居場所を渇望しながらも、失う恐怖への実感に押しつぶされそうになった少年の憐れな末路だった。
だがそれも中学生までの話だ。幼い頃から共に居続けてくれた少女、織原鈴詠がそんな京太を救ってくれた。彼女への好意を自覚する度に京太の閉ざされた心は解されていった。
当時、この献身的で一途な幼馴染みが京太にとって最も大切な存在であったことは否定の仕様がない。鈴詠への想いが、全てを投げ捨てるかのようにしか生きて来れなかった京太の感情の回路に血を通わせてくれた。
夏祭りの花火の元で互いの想いを重ねたあの瞬間が永遠に続いたのなら。今でもそう思う時はある。もしそうなっていたら、今も彼女は俺の隣にいてくれるのだろうか。
無論それは叶わぬ夢想だ。二人の気持ちが通じ合った瞬間、鈴詠は命を奪われた。この時彼女の命を奪った天苗双刃は京太にとって討つべき仇となった。親友と呼んで差し支えない存在を同時に喪ったのだと考えれば、京太にとっての喪失は四人と言ってもいいのかもしれない。
以降、京太の世界は再び大きく変わって行った。扇空寺の頭領として取り仕切る立場になった。投げやりだった日常にも少しずつ色が戻っていき。
そして今に至る。
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