Chapter 1-3

 笹の揺れる音の合間に、鹿威しが鳴る音が響く。


 客間に案内された姫奈多は、京太の対面に坐して茶を一口啜った。

 その味に満足した様子で京太に向けて微笑む姫奈多だが、対する京太の表情に笑みはなく、真正面から姫奈多の瞳を射抜くように見つめる。


「まずはこないだの礼を言っとかねぇとな。あやめには散々世話になった」

「いえ、こちらこそ。お姉様がお世話になりました」


 姫奈多は湯呑みを置く。


「では早速ですがお聞かせ下さいませ。『ラグナロク』についてお兄様の知っている限りを」


 彼女の言葉が、刃のように京太の首元まで斬り込んでくる。だが、京太とてこの程度で動じるような胆の座り方はしていない。


「その前に聞かせてくれ。なんでお前がそいつのことを調べてる?」

「それはもちろん、お姉様のお役に立ちたいからですわ!」


 京太が問い返すと、姫奈多はバンッと胸を張って言い切った。こいつこんなヤツだったっけ? 綾瀬に視線を送る。彼女が頷く。マジか。


「……そいつぁ結構。けど、逆にお前はどこまで知ってんだ?」

「綾瀬さん」

「かしこまりました」


 綾瀬は頷き、エプロンドレスの胸ポケットから一枚の写真を取り出して京太の前に差し出す。


「こいつぁ……」


 写真にはあやめと、彼女と同じ制服に身を包んだもう一人の少女の姿があった。見覚えのある少女だ。

 京太は即座に自身の記憶と写真の少女を擦り合わせる。京太が覚えている彼女は写真よりも幾分幼かったが、同一人物だと判断するのは容易だった。


「『ラグナロク』については彼女――天苗美里あまなえ みさとさんが調べてくれています」


 天苗美里。双刃の実の妹である。あやめとは同い年だったはずだ。あの当時は小学生だったが、今や中学生となり、まさか四条の元で白凰に通っているとは。


 姫奈多は彼女と手を組み、あやめに内密で『ラグナロク』について調べているそうだ。姫奈多はあやめの役に立つため、美里はあやめを守るため。


 京太は緩みそうになった頬を引き締め、姫奈多に向き直る。

 姫奈多は続ける。


「龍伽がこの薬の出所だという所までは掴めているのですが、それ以上はまだなんとも……。なにしろ、既に外に拡散してしまっているので、足取りがつかみきれないというのが現状です」


 なるほど、そこまではわかっているのか。京太の想像通りならば、このまま調査を続ければいずれは彼女も、その裏に潜む『黒翼機関』の存在を知るだろう。


 だがそうだとして、考えれば考える程に妙な話だ。龍伽を中心に出回っていた『ラグナロク』は、ひっそりと鳴りを潜めたまま外部に流出、拡散し被害を大きくしている。そんな回りくどいやり方をする理由は一体なんなのか。


 経路を掴ませないようにするため? だとしても出処は明らかなのだ。仕事が雑過ぎる。姫奈多の口振りでは苦戦しているのだろうが、彼奴らの存在が突き止められるのも時間の問題だ。そうでなければ一体何が。


 京太は同時に、今持っているこの情報を姫奈多へと伝えるべきか思案していた。龍伽の地を治める四条としては、魔の手を伸ばしつつある『ラグナロク』の脅威は迅速に取り除きたいに違いない。蛇の道は蛇、か。


 京太は敢えて挑発的な笑みを姫奈多へ向けて、口を開く。


「いいぜ、俺が知ってるこたぁ全部話してやるよ」

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