Chapter 6-7
「……放して。放して、放してよ京太君!!」
朔羅の怒声にも京太は答えず、朔羅の腕を掴んだままだ。やめて。止めないで。これじゃああいつを殺せない。
「少しは落ち着け。今の俺たちじゃあ野郎の守りは崩せねぇ」
「その通りだ、扇空寺京太。君たちでは魔法薬で限界まで強化されたこの魔法障壁を突破する事は不可能だ。扇空寺京太、君が現れるとは思わなかったが、龍伽から離れた場所に居を構えた甲斐があったというもの。その宝具の力以外に、この場に私を打倒できる要素はない」
冷淡な表情で言い切る万野に、京太は皮肉げな笑みを返す。
「だがな、それでてめぇが俺に勝てる訳じゃあねぇんだぜ?」
鼻を鳴らした後、京太の顔から表情が消える。鋭い眼光が魔法障壁を越えて万野を突き刺す。
「――人を一人殺しといて、分かったような口を利いてんじゃねぇぞ」
「ヤツを殺したことがそんなに許せないのか。まさか、貴様も正義の味方気取りで私の前に立ちはだかる気か?」
万野の言葉に京太は首を振る。抜身の刀のような眼差しで、京太は冷徹な口調で告げる。
「娘を守りてぇと自分の生き様を貫き通した鞘上には義ってもんがあった。だが、娘を自分の道具のようにしか思っていねぇてめぇにはそれがねぇ」
京太の前に紗悠里が、隣に水輝が、それぞれに獲物を構える。
「朔羅、絹枝。お前らは下がってな。今のお前らじゃあ野郎の相手は無理だ」
掴まれていた腕を離され、朔羅は自分でも驚くほど力が抜けてその場にへたり込んでしまった。京太に制止を掛けられた事で、限界を訴えていた身体を動かす気力が途切れてしまったのだ。
絹枝を見る。鞘上の傍に寄り添う絹枝は既に戦意を喪失していた。
違う。私はこんな事をしたかったんじゃない。万野への殺意など、激情が招いた一時的な狂気の沙汰でしかない。万野を許せないことに変わりはないが、私はあの人を殺す為にここにいる訳ではない。
私が、心に決めたのはたった一つだ。
「……戦うよ、私も。決めたんだもん。樹理ちゃんを、助けるって」
「扇空寺京太! 神器の封印を解く! 時間を稼げ!!」
瞬間、シオンの声が響き渡った。
「任せな、じいさん」
京太はそれに呼応し、『龍伽』を抜き放ってその切っ先を万野に向ける。
一方で朔羅は、自身の胸の奥から力が湧いてくるのを感じた。
「風代朔羅、穂叢なぎさ。先代オーディン、シオン・クロスロードの名に於いて神器の解放を許可する。お主等が生涯に於いて神器を解放できるのはこの戦闘限り。だが神器は、お主等に絶対の勝利をもたらしてくれるであろう。さあ、宿主として認めた神器の名を呼べ」
シオンの言葉に従い、朔羅となぎさは胸の内から湧き上がるその名を高らかに叫んだ。
「『グラム』!」
「『ミョルニル』!」
すると朔羅の手元には巨大かつ機械的な様相を持つ、幾何学模様を刻まれた処刑鎌が。なぎさの手元には彼女の身の丈を遥かに越える長さの銃身を誇る、幾何学模様の刻まれたライフル銃が現れた。
「あ、あれっ!?」
「これは……荷電粒子砲? でもこれ、魔力の欠片もないじゃない」
現れた武具の、余りに力のない感覚に朔羅となぎさはそれぞれ戸惑いを覚える。
「魔力は自身のものを装填するのだ。その為の時間稼ぎは既に任せてあるだろう」
先の京太への言葉はそういう意味か。意図を察し、朔羅となぎさは神器へ魔力を込めていく。すると幾何学模様が輝きを帯び始める。
「わ、すごい……!」
「これなら……!」
なるほど、時間は掛かりそうだがこの状況を打破するには充分過ぎる性能を発揮するだろう。京太たちが万野と戦闘を繰り広げる最中に、朔羅となぎさは神器への魔力装填を続けた。
「よしっ!」
「行けるわ。朔羅!」
朔羅は頷き、戦闘中の京太たちに声を掛ける。
「みんな、避けて!!」
京太たちがその声を受けて、『ミョルニル』の射線上から退避する。伏射で構えるなぎさは照準を万野に合わせ、
「――てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
『ミョルニル』が超高密度の電撃を放った。電撃というより巨大な電気の束のようなそれが、真っ直ぐに空間を切り裂いていく。万野の魔法障壁とぶつかり、激震が巻き起こる。一進一退の攻防の末、魔法障壁を大破させたものの電撃はレジストされてしまった。
「まだ!」
そう、まだだ。最初からこれは二段構えの攻撃。『グラム』を構え、朔羅は万野へ正面から肉薄する。新たに展開され始めたばかりの魔法障壁など神器の前では紙屑も同然であった。これを容易く打ち破らんとした『グラム』の刀身が幾重にも分裂する。その形状はまるで、半月のようでもあった。
『グラム』によって魔法障壁は打ち砕かれ、万野は完全な無防備となる。
「とどめは任せな」
朔羅の前に出た京太が万野の胸に『龍伽』を突き刺す。引き抜き、鞘に戻すと万野はその場に倒れ伏した。
「勝っ……た……」
『グラム』と『ミョルニル』は自ら光の粒となってその姿を消した。この力がなければ万野には勝てなかった。朔羅はたった一時力を与えてくれた神器へ深い感謝を捧げた。
「終わった、か……」
「お父さん……?」
呆然とこの光景を眺めていた絹枝が、眼下から呟かれた声に反応を見せた。鞘上はまだ生きていた。だがそれも奇跡的に虫の息に留まっているに過ぎなかった。
「ありがとうな、絹枝……。一度でいいから、お前に、そう呼ばれてみたかった……。樹理と、仲良くしろよ……」
鞘上の眼が再び閉じられる。彼はもう、二度と目を覚ます事はなかった。
※ ※ ※
遺骨と遺灰が箱に納められる。もう一度黙祷が捧げられ、火葬場から人が立ち退いていく。
目の前の少女はじっと空を見つめていた。そこに亡くなった父がいるかのように。
鞘上がなぜ赤羽を名乗っていたのか。それはシオン老師が話してくれた。
「赤羽サツキが亡くなった後、ヤツは養子として赤羽家に入り、彼女の網膜を移植された。赤羽の血を途絶えさせぬために利用されることをよしとしたのだ。すべて、絹枝を護るためにな」
愛娘を常に守ろうとしてきた、不器用で愚直な父親。そんな父が目の前で命を落として、彼女はどう思っているのだろう。
万野慎吾を倒し、樹理を救ってから二日が経った。扇空寺の協力で執り行われた鞘上弦一郎の葬儀はもうすぐ終わろうとしている。
あれから今まで、絹枝とは殆ど言葉を交わしていない。掛ける言葉が見つからないのだ。
樹理は遠くの病院へ運ばれたという。そこは一般人には決して立ち入ることの出来ない次元に存在する魔法使いたちの為の都市であり、朔羅やなぎさが進学を決めている大学のある場所でもある。
絹枝はどうするのか。ここに残るのか。それとも樹理の元へ行くのか。蘭にそう問われた彼女の返答は「考えさせてください」だった。
「ずっと、考えてた」
絹枝は空を仰ぎながら話しかけてきた。それがあまりにも自然で、独り言でも呟くかのようであったので、一瞬話しかけられたと気付けなかった。
「今の私にとっては、あの人がお父さんなのかどうかはどっちでもいい。それより、あの人が守ってくれた私と樹理の命。――私はこれからどうするかなんだろうなって。あの人が望んでるのはきっと、そういうことだろうから」
全ての真実を見通す千里眼とはすなわち、絶対の過去視。これまでに刻まれてきた変えようのない過去を視ることで真実を識る。人の過去を視れば、彼女はその半生を自身のもののように過ごしたかのような精神状態になるのだろう。
「私、樹理の所へ行くね。あの子の傍にいてあげられるのは私しかいないから」
絹枝が振り返る。その頬に一筋の雫が流れていた。
「短い間だったけど、あなたたちと友達でいられて嬉しかった。ありがとう、朔羅ちゃん」
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