Chapter 6-4

 施設内に侵入を果たした朔羅たちであったが、内部の異様な静けさが逆に緊張感を高めていた。

 設置された発電機は全て自動で稼働しているようで、人間の姿は見当たらない。機械に埋め尽くされ、人が通る隙間もないかのような室内の奥に、次のフロアへ続く扉が辛うじて確認できる。朔羅たちは機器の間をすり抜けるように扉の前へ歩を進めた。


 普段ならば厳重に閉ざされているであろう重厚な鉄の扉は、思っていた以上に軽く開いた。扉を開けた赤羽を先頭に、朔羅たちは扉を潜る。


 その先のフロアは奥へと続く一本の長い廊下となっていた。白一色に染められた廊下はまるで病院のそれだ。


「奴の研究所はあそこだ」


 赤羽が指し示すのは廊下の奥にそびえるドアであった。途中に点在するドアは無視してしまって構わないようだ。

 と、ここへ転移してくる魔法使いたちの姿があった。黒いローブに身を包む彼らは次々に現れ朔羅たちの進む道を塞いでいく。


「ここは僕が!」


 水輝の二丁拳銃が火を噴き、大気を震わせながら突き進む不可視の風弾が刺客を屠る。


「走れ!」


 シオンの指示で朔羅たちは一様に駆け出した。襲い掛かろうとしてくる刺客を薙ぎ倒す水輝の支援を受けつつ、それでも尚獲物を振りかざして迫る彼らに応戦し――朔羅たちは辛くも廊下を切り抜けた。


     ※     ※     ※


 朔羅たちの姿がドアの向こうに消えたのを確認し、水輝は一度銃をしまい息を吐く。

 廊下にひしめく刺客たちの先頭に立てるのは四人程度。彼らが自身の獲物と体術を以って戦う戦士ならば、実際に水輝が相手をするのは前衛の人数だけで事足りる。だが彼らはみな魔法使いだ。隊列など関係なく水輝一人へ集中砲火を浴びせることができる。


 水輝は目を閉じて意識を集中させた。


 ――制限回路、四大元素系全開放【リミッター、オールエレメントフルオープン】。


 動きを止めた水輝へ尚、容赦なく魔法使いたちは攻撃を仕掛ける。揺れる床から突き出る鍼が、左方から怒涛の如く迫る水の奔流が、右方から空気を焦がして襲い来る熱源が、上方から吹き荒れる嵐のような突風が、それぞれ水輝たった一人を嬲り殺さんとして押し寄せてくる。


 水輝の身体はこれを避ける間もなく呑み込まれた。その場にいる誰もが自身の勝利を疑わなかった。


 だが、それは水輝も同じであった。


 弾け飛ぶ。魔法使いたちの渾身の一撃が全て、泡沫のように弾けて消える。魔法使いたちは目を瞠った。だが彼らが驚愕したのは自身の攻撃が失敗に終わっただけではない。その中心点に坐する水輝の姿が、傷一つすらなく健在であった為だ。


 彼ら刺客は、それぞれが持ち得る限りの魔力を以ってさらなる攻撃を仕掛ける。四大元素、全ての属性の使い手がここに集まっている。これを凌ぎ切るのは例え大魔法使いと言えど至難の業だ。


 何故ならば四大元素を用いた魔法をレジストする為には、同じ属性かもしくは相反する属性――無論京太のような例外もあるが、抗魔力という能力自体が極めて特異な代物である――の魔法障壁によって中和、対抗する必要がある。

 先日のなぎさと樹理の戦いがいい例だ。風の属性を持つなぎさの機雷を樹理は地属性の魔法障壁でレジストした。

 そして同属性が激突した場合、より威力の高い側が相手を呑み込んでしまうが、相反属性では例えどれだけ威力に差があろうとも打ち消し合う。

 よって相手の四大元素魔法を防御する場合、相反属性を利用するのが魔法使いの戦いにおけるセオリーとなっている。


 だがここで一つだけ問題が発生する。一人の魔法使いが使用できる四大元素はどれだけ多くとも二属性が限度だ。先天属性に相反する属性を行使しようとすれば、魔力回路がショートを起こしてしまうのである。

 先天属性は相性のよい他の二属性どちらかに偏りを見せる場合が常だが、その属性から見た相反属性も、先天属性にとっての相反属性と見做されてしまう。

 水輝の場合、先天属性は風である為相反するのは地の属性だ。そして水の属性に偏りがある為に火の属性も相反属性となってしまう。

 つまり水輝は、火と地の属性をレジストするのは容易でも、水の属性はどうあがいてもレジストできないのだ。


 だからこそ、四属性による同時攻撃は水輝の先天属性がどれであったとしても非常に有効な決定打足りえた筈なのだ。


 しかし水輝にはこの攻撃によるダメージは欠片も見られない。寧ろ余裕すら垣間見える。


「風」


 水輝の手中で、小さな突風が渦を巻く。


「水」


 同じく小さな水の奔流が球体を象る。


「火」


 同じく小さな炎が篝火を作り上げる。


「地」


 同じく小さな石が連なり岩を形作る。


 刺客たちの表情に戦慄が走る。有り得ない。一人の人間が全ての四大元素に通じるなど、有り得ない。

 だがここで、彼らの脳裡に思い当たる人物がいた。たった一人だけ、歴史に名を残す大魔法使いの中に四大元素の全てを操る者がいた筈だ。


 『エレメンタルマスター』と呼ばれた大魔法使い、エレイシア・サンクレール。


 その名を誰かが口にした瞬間、水輝は爽やかな笑みを零した。


「母をご存じでいらっしゃるとは光栄です。ですが、それに気付かれた方には――」


 笑みが途絶える。


「死んでもらわなければいけません」


 沈黙。だがそれも僅か一瞬の出来事であった。我に返った刺客たちはたちまち恐慌状態に陥り、逃げ惑う者や水輝へ向けて魔法を乱発する者などに分かたれた。


 水輝は冷ややかにそれを見つめつつ、がむしゃらに襲い来る攻撃を的確にレジストする。


 この力を見せた者を、誰一人として生かしておくつもりはない。水輝はすっと掌を翳す。


 瞬間、水輝へ尚攻撃を仕掛けようとした刺客たちを炎風が弾き飛ばす。必死に逃げ惑う刺客たちは虚空から落とされる岩雪崩に呑み込まれる。天変地異と言っても過言ではない水輝の攻撃が収まった時には既に、この場に立っているのは水輝ただ一人だけであった。


 動かなくなった刺客たちの遺体は、灼熱の業火で燃やす。自分の行いとはいえ、友人から人殺し扱いされるのは気持ちのいいものではない。骨まで残さぬよう一瞬で焼き尽くす。


 ――制限回路、四大元素系封鎖。


 目を閉じ、魔力回路にリミッターを掛け直した水輝は深く息を吐いた。まさか二日連続で魔力回路を解放する事になるとは。特に今のたった数分の戦闘が恐ろしい程の負担となって水輝の肉体にフィードバックする。


「流石にこれではやはり、まともに使えるようなものではありませんね……」


 自嘲気味に呟く水輝は、壁にもたれて息を整える。母の使っていた力。これを使いこなせるようにならなければ。

 物思いに耽る水輝の思考を遮るかのように、入口の方のドアが開いた。


「どうした水輝。休憩かい?」

「京太君、紗悠里さん。お二人とも、ご無事でなによりです」


 鼻を鳴らす京太と、水輝に丁寧に頭を下げる紗悠里がドアを潜ってやってきた。


「お疲れのとこ悪ぃが、行くぞ。こっからが本番だからな」

「ええ、勿論ですよ」


 水輝は京太の隣に並んで歩き始めた。

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