Chapter 6-3

「あんとき以来だな。元気にしてたみてぇでなによりだぜ。でねぇと、ブッ飛ばし甲斐がねぇからな」

「おや。それは楽しみですね」


 背を預け合う京太と紗悠里の周囲を、魔どもが取り囲む。どれだけ薙ぎ払おうとシュラによって次々に召喚される魔はまさに無尽蔵で、このまま長期戦となれば数で圧倒される京太たちの劣勢は一目瞭然である。


 それにあの男。以前は剣を交えることはなかったが、京太は既にほんの僅かに見たシュラの身のこなしから彼の実力を察していた。京太自身と互角か、もしくはそれ以上の力量を持つであろう男に俯瞰から見下ろされているのは不気味で堪らない。


 シュラは後続の魔を召喚しながら、シルクハットの中からサーベルを抜き放った。その所作は紳士と言うより奇術師と呼んだ方がしっくり来る。


「ではそろそろ私も行きますよ。やはりエキスパートたるもの、自らを戦場に置いてこそ。お相手がかの扇空寺とあればこれ以上の僥倖ぎょうこうはない――!」


 シュラはサーベルを携え、背の翼をはためかせて京太目掛けて滑空してくる。


「は、そいつぁ結構。まともに戦り合っちゃくれねぇのかと心配してたとこだぜ」


 対する京太も『龍伽』を構え、シュラを迎え撃つ。


 激突。魔とのじゃれ合いを紗悠里に託した京太は、シュラのサーベルと切り結ぶ。だが鬼となった京太の膂力は人間の比ではない。鬼の力が発言した瞬間から、彼の身体は既に人間の物ではなく鬼と言う別の生き物に作り変えられている。

 京太はその圧倒的なまでの腕力を以ってシュラを押し返す。


 弾き飛ばされたシュラは羽ばたく翼で落下を免れたものの、京太の力が想像以上であったのか目を丸くしている。


 追撃はない。京太は自ら打って出る。


 扇空寺流――炎牡丹。


 大きく跳躍した京太は刀を上段に構える。力において勝るのなら、そこに攻め手を委ねぬ手はない。扇空寺流、烈の型『炎』。鬼と言う存在の持つ身体能力を存分に生かす為に生まれた古流剣術の中でも、力を以って捻じ伏せるという点に比重を置いたスタイルである。

 この型に於ける業に必勝を見た京太は、月明かりを背にシュラ目掛けて渾身の兜割りを叩き込んだ。


 これをサーベルで受けるシュラを、京太は先と同じように力任せに打倒せんとする。だが、今度弾かれるのは京太であった。片手で以って易々と受け身を取った京太であったが、先程とはまるで比べ物にならないシュラの腕力に目を剥かずにはいられない。


 加減されていた、と見るべきか。これからの交錯は熾烈を極めるだろう。その証拠に、シュラの顔にはもうあの道化染みた笑みはない。己が全力を賭して倒すべき敵であると京太を認定した決闘者の面構えであった。


 果たしてその通りか、幾度となく斬り合う京太とシュラの力は完全に拮抗していた。単純な膂力では依然として京太に分があったが、シュラは背に纏う翼を羽ばたかせて発生させる空気圧を完璧に味方に付けていた。

 まるで見えない壁を前にしているかのような京太は全力を以ってシュラに斬りかかることを許されず、これが互いの身体能力差を埋め合わせている。


 新たに召喚される魔どもが京太へ襲い来る。容易く捻じ伏せる京太であったが無論こんなものは捨て駒に過ぎない。本命たるシュラはその隙を狙い、仕掛けてくる。


 だが京太とてこの程度で死角を突かれるような素人ではない。防御に意識を集中した京太は一旦構えを解き、無防備な姿を晒した。

 しかしこれこそが扇空寺流における楯の型、『朧』である。いかなる死角からの攻撃でも対応が求められるこの型に構えなど存在しない。

 どんな無防備な状態からでも剣戟によって防御を成立させる為に開発された型を以って、京太はシュラのサーベルと見事切り結ぶ。


 失敗に終わったと見るや、シュラは自ら身を退いた。互いにとって射程外の間合いを取り虚空に佇むシュラは、翼を畳みサーベルを仕舞い、召喚した魔さえも退場させて京太へ深々と頭を下げた。


 警戒心を露わにする紗悠里を手で制し、対峙する京太も『龍伽』を鞘に納める。


「御見逸れ致しました、扇空寺京太殿。これまでの非礼の数々、どうかお許し頂きたい」

「そういうあんたもな。舐めて掛かれるような相手じゃねぇのはよくわかったぜ」


 高みの見物が趣味の木偶の棒ではない。戦場こそが相応しい豪傑。

 互いに掛け値なしの賛辞を送り合い、シュラは顔を上げる。最早出会い頭とは別人と言っていいだろう。線こそ細いものの、彫の深い端正な容貌は厳格さにありありと満ちている。


 これが彼の本性か。仮面のような笑みを脱ぎ捨てた道化師がその奥に隠していたのは、磨き抜いた業を己が矜持たらしめるばかりではなく、同じく研鑽を重ねて来た者へ惜しみない畏敬の念を捧げる戦人の素顔であった。


 シュラはシルクハットを背後へ投げ捨てた。同時に彼の身体を青白い光が眩く包み込む。吹き荒れる旋風の如し壮絶な光が瞬いたのはしかしほんの一瞬であった。

 爆散する光の中から再び姿を現したシュラを包んでいたのは、絢爛に輝く紺碧の甲冑。この月明かりの中でも尚、澄み渡る蒼穹の如き輝きを魅せる鎧を纏うこの姿を現す言葉は、騎士を置いて他にあるまい。


 彼の手に握られているのは一振りの両手剣。シュラは黄金に煌めくこれを構え、背には再び大鷲のような翼を展開する。


「改めて名乗らせて頂く。我が名はシュラ。『蒼炎』の二つ名を拝命した、『黒翼機関』がエキスパート。機関より承ったこの宝具、『エクスカリバー・レプリカ』を以って貴殿との決着を付けさせて頂きたい」


 『エクスカリバー』。それがかのアーサー・ペンドラゴンが携えていたと言われる伝説の宝剣であると察するのは容易である。模造品だと彼は言うが、金色の剣から放出される存在感はまさしく「本物」のそれである。


 神話の時代に於いて神々の世界で生まれ今もどこかに現存する品々は神器と呼ばれるが、逆に人間界の伝承の中で言い伝えられる物は宝具と呼ばれている。京太の持つ『龍伽』もこの宝具に当たる。


 宝具とは基本的に、造られた場所でしかその真の力を発揮する事はできない。『龍伽』がそうであるように、土地や伝承を媒介にしなければならない宝具はその地を離れれば本来持ち得る性能を著しく制限されてしまう。

 最も、遥か昔の伝承から形を損なう事なく現存しているそれらはまず間違いなく最上級の大業物である。ただ単純に武具として用いた場合でも並の代物では肩を並べるのも烏滸おこがましい程の逸品だ。


 無論宝具たる『エクスカリバー』もこの条件には違わない。ブリテンからすれば遥か辺境の地であるこの日本では、秘められた魔力の解放は叶うまい。

 ましてや模造品とあっては必然、刀剣としての位も落ちる。本物の宝具である『龍伽』を前に太刀打ちできる代物ではない筈だ。


 だが京太が「本物」と相違ないと感じる程の模造品を手にするシュラの気迫は尋常ではない。あれは「本物」に限りなく近付けた精巧な模造品だ。二つの違いを論じるのは最早児戯でしかなかろう。


 京太は腰を沈め、左手を『龍伽』の柄に添える。


「いいぜ。俺もあんたに敬意って奴を表して見せてやるよ。退魔を生業とすると決めた野郎の、覚悟って奴をな」


 シュラは羽ばたきと共に虚空を蹴る。振り翳した『エクスカリバー・レプリカ』による斬撃は先と比べれば実に単調な軌道であったが、京太はこれを回避しようともせず真正面から待ち受ける構えだ。


「扇空寺京太、推して参る」


 居合による一閃はいかな達人でも見極められぬ程の神速に達していた。だがそれでも――切り結ぶ刀はシュラの肉を裂く事すら叶わなかった。


 それはシュラにしても同様だ。必殺の一撃は目標への到達を阻まれた。


 互いの刀身が滑り、離れる。二人の位置関係は逆転し背を向き合わせる形となる。


 シュラの甲冑と宝具は光の粒となって消え、『龍伽』を鞘に納める音が静まり返る虚空に凛と響く。


「……いいのか。俺は野郎を止めに行くぜ?」


 地面に落ちていたシルクハットが瞬く間にシュラの手に戻る。シュラはこれを被り直すと、再び道化のような微笑みを浮かべた。


「構いませんよ。あなた様との交戦データは我々にとって、こんな計画など二の次にしてしまえる程の収穫です。前払いの対価はすでに頂いていますしね」


 シュラは頭を下げると、夜空へと舞い上がる。


「では、失礼させて頂きます」


 シルクハットから取り出したマントに身を包み、彼の姿はそのまま一瞬の内に消えてなくなってしまった。


「若様……!」


 駆け寄って来る紗悠里を振り返り、京太は不敵な笑みを見せてやる。


「そんじゃあ行くか、紗悠里。この喧嘩はまだ終わっちゃいねぇぜ」

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