Chapter 6-2

「ふむ。揃ったか」

「風代。大丈夫なのか」

「大丈夫です、先生」


 『螺旋の環』の店内には、京太と水輝、紗悠里、なぎさと絹枝、そして赤羽とシオン老師の姿があった。


「しかしケチくせぇなじいさん。ウチの野郎どもを全員連れて行けりゃあ話は早えってのに」

「そう言うな。そんな人数を転移できるほどの魔力はないよ」

「ああそうかい」

「それでは行くとしようか。――全員、足元に気を付けるのだぞ」


 シオンの転移魔法が起動し、朔羅たちの目の前が真っ白になった。


     ※     ※     ※


 視界が元に戻るとそこは木々に囲まれた森の、大きく開けた場所だった。

 僅かに浮いていた身体が地面に降りると、朔羅は着地が上手くいかずにつんのめってしまう。


「わわっ!」

「風代先輩!」


 転びそうになった朔羅を支えてくれたのは水輝だった。何とか難を逃れた朔羅に、彼は安堵の息を吐いて微笑む。


「大丈夫ですか?」

「うん、ありがとね水輝君」


 だが安心したのも束の間、突如として彼女らの足元が赤く光り始めた。赤い光が描くのは朔羅たちを囲む円。円の中には一定の法則によって描かれた模様が浮かび上がっている。

 朔羅たちがそれを敵が仕掛けた罠である魔方陣だと看破するのはほんの一瞬の出来事であった。


「大丈夫だ」


 シオン老師が魔方陣に触れると、描かれた模様は黒く変色して灰が舞うかのように弾け飛んだ。設置されていたのは恐らく、陣の中に入り込んだ対象を捕縛する類の結界だった。老師はこれを自らの魔力を以って攻撃し、破壊したのだ。


 罠を解除され浮足立ったか、木々の間から草を揺らす音を立てて黒いローブに身を包んだ一団が現れる。これが全員、万野慎吾の配下たる魔法使いと見て間違いはないだろう。


「こっちだ!」

「ここは私に任せておけ」

「老師! お願いします!!」


 老師を残し、赤羽の先導で朔羅たちは駆け出す。草木を掻き分け、道なき道を進みながら現れる刺客を撃破していく。


 やがて木々が途切れ、舗装された道の上に出る。一本の道はなだらかな上り坂になっており、下ればこの森を抜けられるのだろう。そして、


「上れば野郎の根城ってとこか」

「ふぅーっ。いよいよだな。心の準備はいいかいなんて、野暮なことは訊かなくてもいいみたいだな」


 もちろんだ。朔羅は処刑鎌の柄を握る手に力を込める。この先に樹理がいるのなら、私たちが絶対助ける。そう決めてここまで来たのだ。退くつもりは毛頭ない。


 朔羅たちは迷わず坂を上り始めた。先程までとは打って変わってどこからも襲われる事のない静かな道のりであったが、それが逆に夜道であるのも相まって奇妙な不気味さを醸し出していた。


 ほんの五分ほど歩いただろうか、月明かりに照らされ黒く聳え立つ明らかに人工的な建物が視界に飛び込んでくるまでにそう時間は掛からなかった。建物の前まで辿り着いた時、その外観がはっきりと浮かび上がる。

 扉が見えるのは奥にある倉庫のような建物だけだ。その周囲にそびえ立ついくつもの鉄塔はまるで鎖のような黒い線によって結ばれていた。


「発電所?」

「表向きには、だがな。その正体は万野慎吾が個人で保有する魔法薬研究施設だ」


 カムフラージュという訳か。本来の発電所としても機能しているのかもしれないが、今はそこは問題ではない。

 普段なら固く閉ざされているであろう鉄格子の門は、今は朔羅たちを迎え入れるかのように開かれている。慎重に様子を窺うが、人の気配はないようだ。


「待ちな、朔羅」


 だが乗り込もうとした朔羅に制止の声を掛けたのは京太であった。


「どうも俺には、キナ臭ぇ気配しかしねぇんだがな。さぁて、隠れてねぇでさっさと出てきやがれ!」


 京太は虚空に向けて一喝した。この声に応えてか、遥か上空、鉄塔を繋ぐ電線から何者かが地面に降り立った。

 姿こそ人間だが、その背にはまるで猛禽類のような雄々しい翼を携えている。この翼は折りたたまれるとまるで初めから何もなかったかのように消えてなくなった。片手で鍔を押さえるシルクハットの下に見えるのは西洋系の男性の容貌である。


「てめぇ……!!」


 睨み付ける京太に対し、彼奴はシルクハットを外して深々と頭を下げた。


「ご無沙汰しております。お初にお目にかかる方もいらっしゃいますし、改めまして。私、『黒翼機関』のエキスパート、シュラと申します」


 再び顔を上げ、微笑を湛える。穏やかな微笑みだが、その本質は思考や本心を包み隠すための仮面。紳士を気取っている中で隠そうともしていないその妖艶な存在感が如実に物語っている。


「ふぅーっ。成程な、『黒翼機関』か。随分御大層なもんがバックに付いていやがる。で、エキスパート直々にお出でなさってるってことはこいつはかなり重要な計画だと見てよさそうだな」

「ご推察はご自由にどうぞ。そのつもりでお相手して頂かなければ、私としても」


 シュラと名乗る彼は、すっと片手を挙げた。


「わざわざ自ら出向いた甲斐がありませんからね」


 振り下ろす。するとシュラの周囲の地面にいくつもの魔方陣が現れる。そこからい出るように姿を現すのは犬や烏の姿を象った低級の魔どもであった。


「相手が魔だってんなら、ここは俺たちの出番だろ」


 京太が前に出る。魔どもは唸り声を上げ、血肉を求める獣のように襲い来る。京太はそれを鞘に納めたままの『龍伽』で一蹴してしまった。


 振り返った京太は、『龍伽』で自身の肩を叩きながら朔羅たちに告げる。


「友達を助けてぇんだろ? ならさっさと行きな。野郎の相手は俺がする」


 その瞳は紅く染まっていた。朔羅たちは頷き返し、奥に聳える倉庫のような建物へと駆け出した。同時に魔どもが再び襲い来る。


「紗悠里!」

「はい!」


 これを見事に切り払ったのは紗悠里だ。彼女が魔の相手をしている間に、京太は朔羅たちに追走し行く手を阻もうとするシュラの前に躍り出る。


 踏み込み、一歩抜きん出た京太は『龍伽』を抜き放ちそのままシュラへと斬り込む。瞬間、シュラは再びその背に翼を広げ、空へと舞い上がりこの斬撃を回避する。


 朔羅たちはこの隙を突いて一気に駆け抜けた。京太と紗悠里を残し、一同はこの施設唯一の扉の前に辿り着く。

 扉は自動で開いていった。どうやら万野は、朔羅たちを招き入れることになんの躊躇ためらいもないようだ。確かに朔羅たちを圧倒して余りある力を彼は持っている。だがそれでも。


「決めたんだから。樹理ちゃんを助けるって。さ、行くよみんな!」

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