Chapter6 わたしたちのさいしゅうせんそう

Chapter 6-1

 ――サツキさん。俺たちのやり方は確かに間違っているかもしれない。だが、生まれてくる子供たちに罪なんてないんだ。

 ――暴走!? くっ、なら無事な子供だけでも……!!

 ――『ガーデン』……。ここの機密性の高さなら、この子たちが身を隠すにはいいかもしれないな。


 立ち上る紫煙が、脳裏にかつての記憶をくゆらせる。煙が夜空に霧散すると共に、そのビジョンも泡のように消えて行った。

 彼は赤く光るバイザーを再び装着すると、室内に戻って行った。


     ※     ※     ※


 朔羅が目を覚ますと、そこは『螺旋の環』の自室だった。


「よう、朔羅。もう大丈夫か?」


 隣から掛けられた声にそちらを見やると、そこには椅子に腰掛けた京太がいた。彼は朔羅へ向けて不敵な笑みを見せる。


「京太、君?」


 何故彼がここにいるのか。


「わ、わ、わわわわわわっ!!」


 寝室に男性がいるというのが、思春期の少女にとってこれほど恥ずかしいものだとは。

 朔羅は自分でもよく分からない奇声を上げて、布団の中に顔まで覆い隠した。

 目が覚めた時から京太はここにいた。ということはつまり、まだいたいけで純情で無防備な乙女の寝顔をそれはもうばっちりくっきり見られてしまったということに他ならない。


 顔が熱い。きっと鏡で自分の顔を見れば、茹蛸のように真っ赤に染まっているのだろう。


「何してんだ、お前」


 怪訝そうな京太に察して欲しい朔羅だったが、しぶしぶ口を開く。


「……み、みみ、見たよね」

「あん? 何を?」

「だから、その……。私の、ね、ね、ね……、寝顔」

「ん、ああ」


 京太は納得したとでも言うような声を出し、


「安心しとけ。ガキの色気もへったくれもねぇ寝顔なんざ興味ねぇよ」

「朔羅ぱーんち!!」


 朔羅は布団を跳ね飛ばし、その勢いのまま京太へ殴り掛かる。だが京太はそれをあっさりと受け止めてしまう。


「あ、ううわわわっ!」


 しかも勢いが付き過ぎて、朔羅はベッドの上から転げ落ちそうになる。が、すかさず立ち上がった京太によって抱き留められ、朔羅はなんとかベッドの上に留まった。


 必然、京太の胸板に顔を埋める形となった朔羅はもう、混乱の極致で頭が真っ白になっていた。


「大丈夫か?」

「あ、う、うん……。ありがとう」

「そいつぁ結構。ったく、気を付けろよ」


 京太が朔羅を離そうとした、その瞬間だった。なんと間の悪いことか、部屋のドアが開け放たれる。


「朔羅、目が覚めた、の……」


 ドアを開けたなぎさの表情が石のように固まる。そりゃそうですよね、私となぎさChangの仲だからノックなんてしませんよねしたことありません本当にありがとうございました。


「扇空寺君、あなた、私の親友に手を出したらどうなるか、分かるかしら」


 京太はなぎさの発する怒気を受けて何を思ったか、朔羅を見下ろして意地の悪い笑みを浮かべる。


「いや、分からねぇな。どうなるってんだ、会長」


 いやいや分かってますよね、などというツッコミをする余裕も朔羅にはなかった。現状に対する底冷えしそうな程の恐怖に、朔羅は口を開けない。


 なぎさの身体から、ばちばちと音を立てて電撃がスパークし始める。攻撃態勢に入ったなぎさは、だがしかしそれを直ぐに収めた。


「なんだ、やらねぇのかい?」


 京太が拍子抜けしたような声を出すと、なぎさは深く溜め息を吐く。京太の問いには答えず、独りごちるかのように呟く。


「別に。あなたには魔法が通用しないし、やるだけ無駄でしょう?」

「そいつぁ結構」


 ふん、とそっぽを向いて、なぎさは去って行った。


 京太は満足げに鼻を鳴らすと、朔羅を解放する。ベッドの上に膝立ちの姿勢で、朔羅は状況に付いて行けず唖然とするしかなかった。


「何ボサッとしてんだ、お前」


 こつん、と京太の拳が額に当てられ、朔羅は我を取り戻す。


 改めて京太の顔を見る。整髪料で固めた頭髪は今日も健在だ。顔立ちは童顔と言って差し支えないが、その纏う雰囲気は「街の女性百人に聞きました。扇空寺京太君の第一印象は?」アンケートで百人中百人が「恐い」と答えるであろう代物であるのも変わりない。


 変わりはないのだが。


「おい、やっぱりお前まだ大丈夫じゃねぇのか」

「そ、そそそそそんなことないよ大丈夫だようん大丈夫大丈夫もう大丈夫っ!」


 いつの間にか見入ってしまっていたことに気付き、朔羅はハッとして思わず顔を背ける。恥ずかしさで再び顔が真っ赤になる。朔羅は慌てて疑問を口にする。


「そ、それよりっ! きょ、京太君はなんでここにいるの!」

「ああ、見舞いに来てやったんだよ。あの骨どもに手間取って間に合わなかったのは悪かったな。骨どもがいなくなって、俺たちが駆け付けたときにはもう、屋上にはお前らしかいなかった」


 朔羅たちが屋上で戦っている間、残ったスケルトンの群れは京太と水輝が相手をしてくれていたとのことだった。

 すべて片付けて屋上に駆け付けたとき、そこには朔羅たちが倒れているだけだったという。


 結局、あの地震は樋野の超能力によって引き起こされたものであったらしい。局所的な地震が起きたとして処理され、倒れた生徒や教師たちは病院へ運ばれたのだということだった。


「樋野君はどうなったの!?」

「ヤツなら生きてるぜ。力の使い過ぎで倒れちまっただけみてぇだ。……ま、元の生活に戻れるかどうかはアイツ次第、ってとこだな」

「そっか……。よかった……」


 ほっと息を吐く朔羅。

 それを見て、京太は立ち上がる。


「さて、大丈夫そうならとっとと行くぜ」

「え? ど、どこへ?」

「決まってんだろ。敵さんの本丸にだよ」

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