Chapter 5-4

 彼女は翼をはためかせて朔羅たちの前に降り立つ。対峙する朔羅と樹理の間に立つような位置である。翼が消え、絹枝は人間の姿を取り戻す。


「ごめんね、遅くなって」


 朔羅となぎさに向けて微笑むと、樹理と向き合う。


「行くよ、樹理。絶対に、あなたを止めてみせる」

「あは、あはははははははは!! できるもんなら……」


 樹理は銃を仕舞い、鉈を振りかぶって床を蹴る。


「やってみろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 高く、高く跳び上がる三角跳びから、兜割りの如く鉈を構えて絹枝へと降下する。


「させない!」


 朔羅は絹枝の前に飛び出し、踊るように鎌を振り回しながら樹理と激突する。

 先程はこの一撃に押し負けたが、今度は遠心力を利用しての対抗。果たしてそれが功を奏してか、拮抗した二人の刃が交錯し、互いに退き合う。


「ちっ……!」


 舌打ちしながら飛び退く樹理へ、絹枝が追撃を仕掛ける。樹理の足元から発火する炎を、樹理は後退しながら避けていく。必殺の一撃足りえない絹枝の攻撃も、しかし今なら牽制以上の意味合いを持つ。


 樹理が反撃の体勢を整えられずにいる内に、朔羅が更に攻撃を加えられるからだ。絹枝と連携を取ることで、その力量差はほぼ埋められていた。

 迎撃する樹理へ、しかし朔羅は彼女の動きよりも速く鎌の柄の先端を叩き付ける。


 朔羅の攻撃は鉈の刀身によって防がれるが、敏捷性においては朔羅に分があった。樹理に唯一対抗できる己の武器を存分に生かし、彼女に反撃の余地を与える間も与えず返す刃で斬り掛かる。

 これも防がれはするが、タイミングは大きくずれ始めていると朔羅は実感する。


 絹枝の援護を受けながら、朔羅は速さに物を言わせた連続攻撃を仕掛ける。同時に、自身へ施す身体強化に費やす魔力量を増やしていく。本来なら幻視や影縫いに割り当てる魔力を強化へ回したのだ。


「朔羅、絹枝!」


 なぎさの声。朔羅は瞬時に側転し、樹理の前から離れる。樹理となぎさの間には何の障害物もない。


 即座に銃声が響く。充電が完了したなぎさの手には、莫大な魔力の奔流のそのもののような弓矢があった。引き絞った矢を放つ。


 不意を突かれた樹理に、電撃の矢は見事命中した。すると電撃は彼女を中心に大きく広がり、球状の形態を以って樹理の身体を捕縛した。


「あ……ぐっ……!」


 初めからこれが朔羅たちの狙いだった。朔羅が前線で陽動し、なぎさが捕縛矢を撃つ。

 千里眼を持つ樹理にはとうに見透かされていた戦術だったかもしれないが、絹枝が加わったために、例え戦術を読まれていても到底対抗し得ない程の攻撃を仕掛けることができた。


「ほら、止めたよ樹理」


 身動きの取れなくなった樹理へ、絹枝は戦闘態勢を解いて声を掛ける。


「もう止めよう。あんな人の言うことなんて聞かなくていい。また一緒に――」


 歩み寄る絹枝の眼が見開かれたのは、樹理が声を上げる寸前だった。


「――甘いんだよ!!」

「絹枝ちゃん!」


 絹枝が反応できたのはその眼のお陰か。樹理の吐く息が火の粉となり、彼女の眼前まで迫っていた朔羅へ降りかかろうとする。

 だが間一髪で、絹枝の発した炎の壁がそれを相殺する。樹理が火の息を吐いた瞬間から飛び出していた朔羅は、この爆風に吹き飛ばされながらも絹枝を庇うべく彼女の前に躍り出た。


 爆風に吹き飛ぶ朔羅の脇を、高密度の熱源が通り抜けていく。


「任せて」


 絹枝だった。再びその背に炎の翼を纏った彼女は既に、炎の精霊とほぼ同義の存在である。体組織を炎の属性に変換し、一時的に人間とはかけ離れた存在に昇華させているのだ。


「あんたにできるんなら、私にだってできるんだよ!!」


 声を荒げる樹理を捕縛していた電撃が霧散する。先程の機雷に対する魔法障壁を、遅延発動するように仕掛けておいたのか。彼女の背に、絹枝のそれと同じ炎の翼が煌めく。


 二つの焔が激突した。熱風が衝撃波となって辺りに拡散し、吹き荒れる。朔羅は周囲の温度が一気に引き上がるのを感じた。


 せめぎ合う二つの焔は、やがて弾け飛んだ。炎の精霊から人間の姿を取り戻した絹枝と樹理は、互いに大きく後方へ吹き飛ばされる。絹枝の身体は朔羅が受け止めたが、樹理は受け身を取る事もままならず屋上の床に叩き付けられた。


「ありが、とう……。朔羅、ちゃん」


 余程消耗したのだろう。息を荒げる絹枝の声は掠れていた。まだ魔法を覚えたての身で、とんだ無茶をするものだと思う。きっと己の魔力回路に掛かる負担などまるで考慮していないのだろう。


 なぎさも駆け寄り、二人で絹枝の身体を抱き起こす前方で、樹理もその身を起こそうとしていた。


「はは……、あはははははははははははっ! 愉しい……。姉妹で殺し合うのってこんなに愉しいんだね、絹枝!!」


 彼女はよろめきながら立ち上がる。だがふらつく身体はどう見ても既に、これ以上の戦闘は不可能であるように思えた。


「樹理……。もういい。もういいの。あんな人の、あなたのお父さんの言うことなんて聞かなくていい」


 あの人。樹理の父。事情を知らない朔羅だったが、その人物が樹理を裏で操る者であることは想像に難くない。

 樹理は、絹枝ではなくそんな朔羅たちに左目を向けていた。


「くくくっ……、あんたら、なんにも知らないんだね。教えたげるよ、ミステリアスアイ・プロジェクトっていうふざけた計画のこと」

「え……!?」

「あんたらは私たちが、赤羽サツキのれっきとした娘だと思ってるみたいだけど、違うんだよ。私たちに母胎なんてない。赤羽サツキの卵子と、適当な男の精子を試験管の中でくっ付けて生まれたんだよ、私たちは!」

「つまりね……」と樹理は続ける。


「私たちはね、千里眼の効果を戦闘用と補助用の二つに分けて、それぞれに特化させる実験の為に作られたモルモットでしかないって事さ!!」


 樹理が語るのは事実なのか。思わず絹枝に視線を送ると、彼女は頷いて見せる。瞠目する朔羅となぎさだったが、だが絹枝に動じた様子はない。


 絹枝は朔羅を見て微笑んだ。樹理に向けて首を横に振り、口を開く。


「あの人に教えられたことなんて、今の私たちには関係ないよ。今ここにいるのは、今の私たちなんだから」

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