Chapter 5-3
なぎさの放った球体状の電撃――差し詰め雷弾と言った所か――を避けつつ、樹理は鉈を片手で引き摺りながらなぎさへ疾駆する。
一方のなぎさはいくつもの雷弾を手榴弾のように放り投げつつ樹理から距離を取る。彼女の操る雷の魔法。四大元素における風属性に分類される種別の魔法だが、なぎさの魔力回路は完全にこの雷と言う効果に特化している。
特化している分その魔力量は絶大であり、瞬間最高出力にして五億四千万キロワットという莫大な電力を発生させられる。それはあくまでも理論値であり、なぎさ自身もそれ程の魔力を消費した経験はない。恐らく術者であるなぎさの身体も無事では済まない。
だがそれでも、今ならそれだけの力を使ってでも彼女は親友を護るだろう。
膨大な魔力量を遺憾なく発揮し、無数の雷弾を生み出すなぎさへ、樹理は距離を詰めれず苛立ち交じりに舌を打つ。
なぎさのように接近戦に特化していない魔法使いが距離を取って戦うのはセオリー中のセオリーだ。魔力回路という自身の力を極限まで稼働させる為、自身の内側へ向けてコンセントレーションを高めながら戦うのが魔法使いの基本スタイルである。
呪文の詠唱などと言う非効率で原始的な手法の廃れた現代においてもそれは変わらない。
接近戦も可能ではあるが、やはりなぎさの得意とする距離は主に中から遠距離となる。特に遠距離におけるなぎさは、操る魔法の特性上まさしく砲台と呼んで差し支えない。多彩な電撃を撃ち出し続けるなぎさへ近寄れる者などごく僅かだ。
事実、最早機雷と呼んだ方が正しい雷弾の雨の中を潜り抜けようともがく樹理が、このままではなぎさの元へ近付くなど不可能に近い。
この宙を漂う無数の機雷は、無論なぎさの思うがままに操る事ができる。樹理の退路、進路を塞ぐなど容易であったし、この機雷を全て爆裂させて高圧電流へ変換し、樹理を感電死させてしまうなど更に造作もない。
ぱちん、と。
なぎさが指を弾く、その動作で樹理の手元にあった機雷が炸裂し、樹理に衝撃を与える。
もう一度。指を弾く。
更なる衝撃が樹理を襲う。ショートした電子回路が焼け爛れたような音を上げながら、樹理はしかし、嗤っていた。
「……殺しちゃいなよ」
そのつぶやきに、なぎさの頬が微かに動く。
「殺しちゃいなよ! 解ってるよ、あんた、私を殺したくてしょうがないんでしょ! あは、あはははははは!! 全部、全部視えてるんだよ私にはあああああああああああああああっ!!」
奇声を上げる樹理へ、なぎさはもう一度機雷を炸裂させる。この衝撃にさしもの樹理も膝を折った。動かない。だがなぎさは冷徹に次の一手の為に指を構えながら、床に座り込んでいる朔羅へ声を掛けた。
「朔羅、いつまでそうしてるつもりかしら?」
朔羅は顔を上げる。なぎさは樹理に視線を向けたままだが、怒気を孕んだ意識が朔羅へ向けられているのはその声色からも明らかだった。
「なぎさ……」
それ以上は言葉にならなかった。もう、自分が何がしたいのかなどわからない。
「私、分かんない……。分かんないよぉ……」
遂に朔羅は泣きじゃくることしかできなかった。顔をぐしゃぐしゃに歪めて、嗚咽と共に涙を流す。
戦意などもうどこにもなかった。
だがそれでも、なぎさは言葉を継いだ。
「何があったって、どんな過去があったってあんたはあんた。風代朔羅よ。あんたが生きてるのは昔じゃない、今。だから今のあんたは殺人鬼でも『神隠しの踊り子』でもない、私の大切な友達よ。違う?」
朔羅が顔を上げた、その瞬間だった。
「――組み上がったよ」
はっ、となぎさが振り返る先で樹理は既に動き出していた。なぎさは即座に機雷を炸裂させる。
樹理を感電させ、その動きを止める筈の電流にしかし、樹理はまるで物ともせずなぎさへと迫る。その身体は何か、艶のある幕のようなものでコーティングされているようにも見えた。
組み上がったというのはつまりそういうことか。恐らく樹理はその左目で機雷の性質を分析し、半導体のような防御壁を生み出して自身の身体に纏わせたのだろう。
即席の魔法障壁の効力は僅かにこの機雷原を駆け抜けられる程度のものであろうが、それでもなぎさへ一太刀を浴びせるには充分だった。
なぎさが魔法障壁を形成しても、その性質は機雷と同じ。鉈にも同じコーティングを施しているのなら、そんなものは容易く突破されてしまう。
なぎさは目を瞑る。だが、その強靭がなぎさに届く事はなかった。
「大丈夫、なぎさ?」
「朔羅!」
朔羅は処刑鎌でなぎさに迫る鉈を防いだ。水輝に守られた時と似たような状態になったが、幅広の刃が見事に鉈の刀身を食い止めていた。
「こっのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
全力で鉈を弾き返し、樹理の身体を蹴り飛ばす。朔羅はなぎさを振り返り、涙交じりに笑ってみせた。
「朔羅……」
「私は私、だよね。……うん、まだ踏ん切りが付いた訳じゃないけど、戦えるよ。だって、今の私は」
なぎさの親友は。
「なぎさが死んじゃうのなんて、嫌だもん」
二人は微笑み合い、再び立ち上がってこちらへ襲い来る樹理を前に構えた。朔羅は処刑鎌を、なぎさは弓矢をそれぞれ手にする。
「朔羅、充電するからお願い!」
「うん、了解!」
なぎさが後方へ駆け出し、朔羅は一人、真正面から樹理と対峙する。樹理は朔羅へ一直線に疾走しながら、あろう事かその手にする鉈を朔羅へ向けて手槍の如く
後方ではなぎさが矢に魔力を装填中だ。この作業が終わるまで彼女はほぼ無防備に近い。単調な軌道の鉈を避ける事は容易いが、朔羅が回避行動を取る訳にはいかなかった。
故に鉈は処刑鎌で弾くしかない。金属同士の激しく打ち合う音と共に、大きく打ち上げた鉈が宙を舞う。一見防御には成功したかに見えたが、樹理の攻撃はもちろんそれで終わる筈もない。
床を蹴り、給水塔を蹴り朔羅の頭上に躍り出る三角跳びから、樹理は虚空へ放り出された鉈を掴む。その降下の勢いのまま無造作に構えた鉈が朔羅の頭上から迫る。
朔羅はそれを鎌の刀身で受け止めるが、予想以上に重い一撃に耐え切れず弾き飛ばされる。
屋上の床に背中から落ちる形となったが、なんとか受け身を取りつつ膝を付いて転倒だけは免れる。弾かれた勢いのままに床を滑りつつ見上げる先には、鉈を持つ手とは反対のそれで拳銃を握る少女の姿があった。あんなものまで――!
歯噛みする暇も与えては貰えない。撃鉄を起こし引き金を引くその動作には微塵も容赦の欠片まで存在しない。
朔羅には刀身で弾くなどといった芸当をこなせるほどの技量はなかった。加えて回避行動は封じられている。樹理に飛び道具がないと仮定した上でのフォーメーションが仇となってしまっていた。
「朔羅! 避けて!」
後ろでなぎさが叫ぶが、いくら二人がこれを避けたとて装填された弾の数だけ回避を続けなければならない。
その間、流れ弾が周囲に倒れている樋野へ当たらないとも限らない。なぎさの能力で防御壁を展開するのも可能だったが、それでは反撃の一手を遅らせなければならない。
「――朔羅ちゃん!」
目を瞑った瞬間、朔羅の前に急激な熱量の増加が発生した。閉じた瞳を開けば、そこには中空に燃え盛る炎があり、朔羅を撃ち貫かんとしていた弾丸が一瞬で燃え落ちる様が見て取れた。
「絹枝ちゃん!」
「絹枝!」
二人は声がした方、給水塔の上を見上げる。
そこには業火に身を包んだ天使のような、炎の翼を背に纏った絹枝の姿があった。
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