Chapter 4-4

「私は万野樹理。赤羽サツキの娘。あんたの友達、鞘上絹枝の実の妹だよ」


 朔羅の上に馬乗りになった少女――樹理の言葉に、朔羅は言葉を失った。絹枝ちゃんの、実の妹?


 絶句する朔羅に、樹理はその表情を更に狂気で歪める。瞬間、彼女の左目が妖しく光ったような気がした。

 サツキの娘。ならば彼女のその眼も、絹枝と同じ千里眼なのか。なるほど、全ての真実を見通す千里眼の持ち主には確かに、自分のとっておきは相性が悪い。


 しかし、問題はそんなことではない。


「なん、で……」


 朔羅はなんとか声を絞り出した。すると言葉は次々に溢れてくる。


「なんで樋野君にあんなことをしたの? 一体、何がしたいの!」


 朔羅の詰問に、樹理の表情が消えた。無表情。一切の感情がないその顔を見た瞬間、朔羅は胸の底が冷えるのを感じた。


「愉しいから」


 ぽつりと呟くと、樹理は再び「あはは」と声を漏らしながら笑い出した。


「私ね、人を殺すのが愉しくて愉しくて堪らないんだ! 何を壊すよりも、生きてる人間の命をずっと愉しいんだよ! あんただってそうじゃない? 本当はやっちゃいけないと思ってる事をやるのが一番愉しいんだよ! あは、あはははははははははははははははははははははは!!」


 完全に狂っている。高らかに笑う彼女のどこに理性など在ると言うのか。彼女はただの、殺人狂だ。


「だからね、私は絹枝を殺しに来たの。だって、私のたった一人の姉だよ? 自分の家族を殺すなんてすごく愉しそうじゃない!」


 それから一頻り笑った後、樹理は再び表情を消す。


「でもそれだけじゃない。あいつには、私を置いて逃げたあいつは目一杯苦しませてから殺してやる」


 困惑する朔羅を見下ろして、樹理はまたも、悪戯を思い付いた幼児のような笑みを浮かべる。


「あんたの正体、私が絹枝に教えてあげよっか? あんた、『神隠しの踊り子』って呼ばれてた殺人鬼だったんでしょ?」

「――やめて!!」


 朔羅の絶叫に満足した様子の樹理が、下卑た笑い声を上げる。


「あっははははははは! かわいいんだかわいいんだぁ!」


 高笑いしながら、樹理は鉈を投げ捨てた。だがそれは重力に従って屋上の床に落下する前に光の粒となって消えた。

 樹理は朔羅の身体の上に覆いかぶさり、その感触を愉しむかのように腰から胸、鎖骨から首筋へと手を這わせる。


 耳元で、悪魔が囁く。


「どうやってぶち殺してやろうかと思ってたけど、中断。あの子の友達なんて勿体ないよぉ。私とイイコト、しない?」


 ――私の力は、この世界に存在する全ての人を消し去れる神隠しの力だ。


 幼かったころ、朔羅の周囲では不自然に人が消える事件が頻発していた。それは彼女の無自覚な力の行使だった。

 やがて力が肥大するにつれて、朔羅の身の回りに存在する人間が次から次へと消えて行った。両親も友人も、見境なく消してしまう自身の力を自覚した朔羅の幼い精神は簡単に壊れてしまった。


 ならば全て消えてしまえ、と。


 そうして朔羅は、『神隠しの踊り子』と呼ばれるに至った。

 それを救ったのが、赤羽サツキだった。彼女に救われ、自我を取り戻した朔羅は、その力を封印して普通の魔法使いとして生きていくことになった。


 今の朔羅の力は、その力のほんの一端に過ぎない。彼女に適合する四大元素がないのも、元々持っている力が特殊過ぎるためだ。


「……違う。違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!」


 樹理が朔羅の身体への愛撫に意識を向けて、拘束が緩んでいたという要因もあってか、朔羅は樹理を大きく突き飛ばして距離を取る。


「違う、違う。私は、違う。違います。私はあなたなんかとは違います!!」


 それはもう、樹理に向けた言葉ではなくなり始めていた。肩を抱き震えながら吐き出した言葉で、ただひたすらに、必死に自分の過去を否定したいだけの少女の姿がそこにあった。


「違わないよ! あんたは私と同じ、人殺しを愉しむ殺人鬼だ!!」


 樹理の手に、再び鉈が現れる。


「ほら、自分に素直になりなよ! 愉しもうよ殺し合いをさああああああっ!!」

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