Chapter 4-3

 右目が強く痛み、絹枝は目を覚ました。この間とは違い、痛みはすぐに和らいだ。


「……樹理」


 その眼が捉えたのは、どこからか自分をあざ笑う妹の姿だった。


     ※     ※     ※


「……ら! 朔羅!」

「ん……」


 自分を呼ぶ声に、朔羅は目を覚ます。


「なぎさ……?」

「朔羅! よかった……!」


 なぎさは深く息を吐いた。

 朔羅は周囲を見回す。悲惨な状況だった。机や椅子は倒れ、教室中はぐちゃぐちゃ。倒れた生徒たちに、赤羽と絹枝が治療に当たっていた。絹枝の回復魔法はたった今、赤羽から教わったらしい。不慣れながらも確実に一人ずつ治療していっていた。


 とそこへ、がしゃん、がしゃん、となにかの音が近付いてきていた。この音は一体――?

 朔羅となぎさは頷き合い、廊下の方へ顔を出してみる。

 すると二人は瞠目した。廊下の両側から、ヒトの形の骨――スケルトンの大軍がこちらに向かって進んできていたからだ。


「『魔』ですかねあれ!?」

「それはそうでしょう。やるわよ、朔羅」

「りょ、了解!」


 朔羅は処刑鎌を手に、廊下へと飛び出した。そのままスケルトンたちの先頭へと吶喊する。背後からは電撃の音が聞こえた。


「はああああっ!」


 気合一閃。振りかぶった鎌を叩きつけるように振り下ろす。ただの骨であるスケルトンは簡単に斬り裂かれ、バラバラになるが、続くスケルトンが斬りかかってくる。これを華麗なステップで避け、下から斬り上げる。

 そうしてスケルトンの大軍を斬っては捨て、斬っては捨てていくのだが。


「なぎさ! キリないよ!!」

「どこかに発生源があるのかもしれないわ! 朔羅、ここは任せて行って!」

「風代! 屋上だ!!」

「先生!? ……はいっ!」


 朔羅を避けるように電撃が走る。スケルトンの群れが吹き飛ばされ、朔羅の前に道ができる。

 朔羅は赤羽の声に従い、屋上を目指して駆け出した。


「邪魔、だぁああああああっ!!」


 それでも湧いて出てくるスケルトンどもを薙ぎ倒し、朔羅は屋上のドアを開ける。


 するとそこには、倒れ伏す男子生徒――樋野の姿だけがあった。


「ああ、それ。壊れちゃったから返すねぇ」


 その声は上の方からした。振り仰ぐ先、給水塔の上に一人の少女がいた。


 笑みを深める彼女の狂気に満ちた瞳が朔羅を射抜く。手にした鉈を、無造作に振りかざす。

 動け。

 蛇に睨まれた蛙とはまさにこれか。身動き一つ取れなくなった身体に、朔羅は必死に命じる。動け。このままでは、このままでは――。


 ――死ぬ。


 少女は給水塔の上から跳躍し、朔羅目掛けて降下してくる。手にした鉈を、その勢いのまま断頭台のように振り下ろす。それが自分の脳天をぐしゃりと潰してしまうのだろうとどこか冷静に判断して、ようやく朔羅の身体は動いた。


 側転で大きく距離を取り、落下してくる少女の鉈を回避する。


「あは、あははははははははははははははははははははははははは!! さあ、もう一回!」


 少女は両腕で鉈を携えて、再び斬りかかって来る。

 容赦なく襲い来る凶刃を、今度は処刑鎌で受け止める。


「あなたなの?」

「はい?」

「壊れちゃったって言ったよね。樋野君に何かしたのは、あなたなの?」

「ああ……」


 少女はくすりと笑う。それは何か悪戯を思い付いた幼児のような笑みだった。


「そうだよ、って言ったら?」


 朔羅は鉈と切り結んでいる処刑鎌を思い切り振り切った。

 鉈を弾かれた少女は追撃を免れるために飛びずさる。


「絶対許さない!!」


 床を蹴る。しかしその動きは直線ではない。独自のステップで右へ左へとリズムを刻みながら、フェイントを兼ねた足取りで少女へ疾駆する。

 朔羅のように近距離戦を得意とする魔法使いは、自身に身体能力強化の魔法を付与する。

 これにより、朔羅は退魔師のような本来の戦闘職種には程遠いものの、常人と比べれば遥かに敏捷な身のこなしを可能としていた。この速度で変則的な動きを交えて接近されれば、さしもの彼女も辟易せざるを得ないだろう。


 そう思っていた矢先、少女は声を出して嗤った。


「あはっ、残念、バレてるんだよね!」


 少女も床を蹴る。彼女は迷いなく踊るようなステップを踏む朔羅へ的確に狙いを澄まして鉈を振り下ろす。朔羅はその軌道を読み切り、前方へ踏み込む事で回避し、更にステップを踏むべく跳躍した。

 瞬間、朔羅がたった今蹴ったばかりの床を少女の鉈が抉った。朔羅の予想を超え、まるで戸惑いのない攻撃だった。でも。朔羅は既に勝利を確信していた。


「はああああああああああああああああああああああっ!!」


 朔羅が着地したその一瞬の隙を見逃さず、少女は正確にして大胆、且つ型も何もない不格好な斬撃を朔羅へ振り下ろした。――はずだった。

 彼女は、何もないところを叩いたに過ぎなかったのだ。


 それは水面に映る月のごとく。

 特殊なステップを踏んで舞う朔羅の本来の姿は、少女にはもう見えなくなっていた。

 振り下ろした鉈を屋上の床にめり込ませた状態で立ち尽くす彼女へ、朔羅は鎌の峰を叩き付けるべく両腕で振り上げる。


「……だから、バレてるって言ったじゃない」

「!?」


 突如として、朔羅の術中に在るはずの彼女が振り返った。


 振り向きざま、恐ろしいまでの速度で逆袈裟に斬り上げてくる鉈を、朔羅は戸惑いながらも振り下ろす鎌で迎撃する。峰を叩き付ける形であったのが幸いした。

 斬りかかる形であったなら三日月形の鎌では容易く掻い潜られ、切り結ぶことも叶わず懐を抉られていただろう。金属同士のぶつかり合う激しい衝撃音が鳴り響き、そして地力の差から、弾き飛ばされたのは朔羅であった。


 確定の一撃を防がれ、加えてとっておきを初見で見破られたショックから、受け身を取り損ねて仰向けに倒れる。


「あぐっ……!」


 少女は倒れた朔羅に馬乗りになってきた。その痛みに思わず苦悶の声が漏れる。


「あははあは、驚いてる驚いてる」


 けらけらと嗤いながらこちらを見下ろす少女の左目が、どこか怪しい光を帯びているように見えた。


「これ、なーんだ」


 彼女は自身の左目を指して目の下を軽く叩く。


「自己紹介しよっか。私は万野樹理ばんの じゅり。赤羽サツキの娘。あんたの友達、鞘上絹枝の実の妹だよ」

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