Chapter 3-3
「ああ、そう言えば君は昨日のお嬢ちゃんだったな。小学生だとばかり思っていたが、高校生だったとは驚いたもんだ」
「……色々言いたいことはありますけど、それは今はいいです。あなたは一体、何者なんですか?」
朔羅の問いに、赤羽は胸ポケットから煙草の箱を取り出す。そこから一本出そうとして、止めた。箱を戻して、答える。
「説明が遅くなって済まない。改めて自己紹介といこうか、『螺旋の環』の魔法使い。俺は赤羽弦一郎。赤羽サツキの弟に当たる者だ」
「サツキさんの……」
「……弟」
赤羽の名を持つ魔法使い。関係はあると思っていたが、まさか弟だったとは。予想以上に近親者であった事に、朔羅もなぎさも言葉少なに驚く。
「じゃあ、その眼は」
「千里眼だ。ま、俺のは出来損ないでな。だからこういうのを着けてなきゃならん訳だ」
赤羽はバイザーを指で叩く。
「制御できない、という事ですか?」
「恥ずかしながら、能力的にも姉のものと比べれば大したことはないにも関わらず、な。このバイザーはいわゆる魔眼の機能を抑制してくれる特別製でね。こいつがないと、四六時中千里眼が発動してすぐに頭が痛くなっちまうのさ」
困ったもんだ、と赤羽は肩を竦める。朔羅となぎさは顔を見合わせた。頷き合うと、赤羽に向き直って頭を下げる。
「あの……、済みません、変に疑うような真似をしてしまって」
「ふぅーっ。いや、構わんさ。こっちも言うのが遅くなってしまったしな。そういう訳で、こう見えても『螺旋の環』にはそれなりに馴染みのある者だ。よろしく頼む」
赤羽の差し出した手を、なぎさ、朔羅の順に取り、握手を交わす。
わだかまりも解けた所で、三人は『螺旋の環』へと帰る事にした。魔の姿をした三人は、辛うじて息があった。
赤羽が呼んだ救急車に乗せられていくのを見送り、帰路に就く。魔の姿をしたままだが、搬送先はそういう場所だ。心配する必要はない。
気味が悪いくらいに街は静かだった。車通りもどことなく少なく、帰宅ラッシュの時間帯になればまた変わってくるとは思われるが、外を歩く人間など見かけない。
普段平和な街だけに、異常事態には敏感なのかもしれない。
「それでさっきの彼については、どうされるんですか?」
「ヤツに関してはこちらでなんとかしよう。10年前のことがあって、魔法使いと超能力者の関係は非常にシビアな問題だからな」
なぎさの問いに赤羽が答えると、朔羅は彼の前に出る。
「私たちは何もできないんですか?」
「ふぅーっ。落ち着け。デリケートな問題は大人に任せておけというだけの話だ。何をそんなに焦ってる」
「うう……」
なぎさが肩を軽く叩いてくれる。彼女の顔を見上げ、次いで赤羽に視線を送る。
「大丈夫か?」
「……はい。済みません」
「……俺たちはこの世の中じゃ、人が一人持つには分不相応はほどの力を持っている。
普段、パトロール中のパトカーを見たりした時、何もしていないのについ身構えてしまうだろう?
強い力と言うのはむやみに振りかざしていいものじゃない。だからこそ警察や俺たちは、それを持つに相応しいと認められる為に資格を得なければならないし、いざ使う為には書類を用意したりだの、手続きを経たりだのしなければならん。
どんな力だろうと、使いどころを考えるのは持っている人間の義務だと俺は思うがね」
赤羽の言葉に朔羅もなぎさも何も言えなくなっていると、赤羽が頭を掻きながら言葉を継ぐ。
「済まん、説教臭くなったな。早く帰ろう」
結局、『螺旋の環』まで帰って来れた時には既に日は暮れて夜になっていた。
赤羽がドアを開けると、ベルが鳴り吊り看板が揺れる。
「おや、帰ったか」
「遅くなりました、老師」
「いや。この子と話すのにはちょうどいい時間だった」
「お帰りなさい?」
エントランスには、帰りを待っていた彼と絹枝の姿があった。
彼は赤羽と言葉を交わすと、朔羅となぎさにも声をかけてくる。
「お帰り、二人とも」
朔羅は返事ができず固まってしまった。なぎさも驚きで目を見開いていた。
「ね……」
「ね?」
絹枝が小首を傾げる。
「猫がしゃべってる!?!?!?」
◇ ◇ ◇
三人の魔に目を付けられたとき、樋野の心を支配していたのは恐怖だった。彼らの言葉に頷くしかなかった樋野は、翌朝、口止め料を持って彼らが指定した公園に足を運んだ。
そこに現れたのが京太だった。彼のお陰でその場は切り抜ける事ができたものの、放課後、再びあの魔たちから声を掛けられてしまう。朝の一件もあり、より人気のない場所がいいだろうと廃工場へと連れて行かれる。だが、樋野は逆にチャンスだと感じていた。
廃工場内に追い詰められた際、三人の魔たちが本来の姿を現した。ここで樋野も自身の力を解放し、彼らを瀕死の状態にまで追い込んだのだ。樋野自身は殺したと思ってはいるが。
そこへ朔羅たち魔法使いが現れたのはまったくの想定外だった。樋野は超能力者も嫌いだが、魔法使いは更に嫌いだった。10年前、樋野たち超能力者を追い込んだ張本人たち。
あとはあいつらだ。あいつらさえ殺せば、元の日常へ帰れる。超能力者である事を隠して、人間として生きていける――
……本当にそうなのか? 結局、化け物である自分に、本当に生きる場所などあるのか?
――筈なのに、不安は大きくなるばかりだった。昨日の事件が、朝にはもうニュースになっていた。学校でも事態は重く受け止められ、放課後の活動を自粛するよう生徒たちに促した。
まだ、犯人が超能力者だと断定された訳でもない。超能力による犯行だと、噂されているだけだ。
「♪~~♪~」
ふと、不思議なリズムの鼻歌が聞こえて来た。顔を上げれば、一人の少女が樋野の横を通りすがろうとしている所だった。
どうでもいい、とばかりに樋野は再び俯く。が、少女は鼻歌を止め、樋野の前で立ち止まった。
「大丈夫?」
「……大丈夫ですよ。気にしないでください」
通りすがりに心配されるほどか、と樋野は胸中で自嘲しながら、手を横に振ってみせた。
「本当かなぁ? 本当に大丈夫なの?」
少女は樋野の耳元にそっと顔を近付け、囁いて来た。
「――超能力者さん?」
樋野は目を大きく見開き、少女から距離を取った。改めて少女の様子を窺う。長い黒髪が艶やかな、樋野と同い年くらいの少女だった。目は吊り目がちだが、均整の取れた美しい顔立ちをしている。
「あっはは、そんなに怖い顔しないでよ。私だって超能力者なんだよ? クレアボイアンスって知ってる?」
彼女は自身の左目許を、トントンと軽く叩く。確かにその眼からは異質なものを感じる。彼女の言葉は嘘ではないだろう。
「……透視能力か」
「そうそう。あんたはテレキネシス?」
樋野は頷くに留めた。僅かながらシンパシーは生まれたが、まだ警戒を解くレベルではない。
「そっかそっか。いや、偶然だね。こんな所で超能力者の仲間に出会えるなんて、思ってもみなかったよ。あ、これ飲む? 私の父親が作った薬なんだけど、力が安定して楽になるよ」
少女は懐から小瓶を取り出し、中から錠剤を掌に出す。二つ出した内の一つを自分の口に含み、もう一つを樋野に差し出す。
しかし、まだ警戒を緩めていない樋野が、それに手を伸ばすことはなかった。
「いや、いいです。これくらいは休めば治りますから」
「そう? じゃあ――」
と、少女は樋野の頭を抱え、その唇に自身のそれを重ねてきた。混乱で抵抗できない彼の口内に、すぐさま舌が入り込んで来る。ぬるりと官能を刺激する感触と共に、何か硬いものが樋野の喉の奥へと滑り込んで行く。
途端に、樋野の胸が痛み始めた。胸を押さえてうずくまる秋森から、少女の唇は離れて唾液が糸を引く。
「大丈夫大丈夫。苦しいのは最初だけだから。すぐ楽になって、楽しくなってくるよ?」
少女は無表情に、無感情に、苦しむ樋野を見下ろして言い捨てた。
「それじゃ、せいぜい楽しませてね。でないと、探した甲斐がないもん。ね、殺人鬼さん?」
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