Chapter 3-2

 赤羽の制止を振り切り突入した朔羅だったが、廃工場内は粉塵にまみれ、中の様子が全く見えなかった。

 が、その奥に緑色の光がわずかに灯ったのは気のせいだっただろうか。


 静かだ。轟々と舞う粉塵の音以外にはなにも聞こえない。

 やがて粉塵が晴れると、そこに広がっていた光景に朔羅は目を見開いた。


 立っていたのは、朝の三人に連れ添っていた少年だけだった。肝心の三人は地面に倒れ伏しており、なにより驚いたのは、その身体にイタチのような耳と尻尾があったことだった。


「これは……!?」

「どういうことか、説明してくれるかしら?」


 追いついてきた赤羽となぎさも、この光景を目の当たりにしたようだ。

 なぎさの問いに、立ち尽くす少年がようやくこちらを見た。


「あんたらは……。なんか用?」

「……この状況を説明してくれるかしら?」


 少年は緩慢と周囲を見回す。


「ああ、これ。殺したよ」


 少年の身体から、緑色の光が溢れ出す。


「見られたからには、あんたらも殺さなきゃな」

「まさか……!」

「超能力者か……!!」


 朔羅は鎌を手に構え、なぎさは指先から電撃を迸らせる。


「待て。お前たちは手を出すな」

「あんたはだれだい?」

「俺はこういうもんだ」


 と、赤羽は胸ポケットからパスケースを取り出し、開いた。

 第一級魔法魔術師資格証。そこには赤羽弦一郎の名前と、彼の顔写真があった。


「ふーん。俺は樋野。よくわかんないけどあんたら魔法使いだろ? だったら全員、俺の敵だ――!!」


 少年――樋野を包む緑色の光がうねりを上げ、地面に落ちる。すると地面が揺れ、粉塵が再び舞い上がる。


「チッ――! 風代!!」


 赤羽の声と同時だった。粉塵の中から樋野の姿が目の前に飛び出してくる。

 これを朔羅は、手にした鎌で応戦しようとした。が、その鎌が樋野の手から伸びる緑色の光に包まれる。


「わ、ちょちょっ!?」

「死ねよやぁっ!!」


 鎌は樋野の意のままに動くようになり、持ち主である朔羅に牙を剥いた。


「朔羅!」

「伏せろ!」


 なぎさと赤羽の声に、朔羅は反射的に鎌から手を離して身を伏せる。

 その頭上を電撃と突風が通り抜け、樋野と鎌を弾き飛ばした。


「くっ……!! このっ……!!」


 弾かれた鎌は地面に落ち、バチンと音を立てて緑色の光が霧散する。

 吹き飛ばされた樋野は着地すると、再び鎌に向けて緑色の光を伸ばした。


 が、その光は鎌に届く前に弾けて消えた。


「ちぃっ……! 使い過ぎた……!!」

「ふぅーっ。どうやらガス欠のようだな。大人しくしてもらおうか」


 低く唸るような赤羽の声に、樋野は彼をキッと睨みつける。


「そうは……いくかよ!!」


 緑色の光を腕にまとわせ、地面を叩く。すると三度の振動とともに粉塵が舞い上がる。

 これにたまらず目をふさぐ朔羅。


「待て!!」


 閉じた視界のなか、赤羽の声だけが響く。


 再び目を開けたとき、粉塵の晴れた廃工場内には、樋野の姿はなかった。


「逃げられたようだな」

「先生、彼はもしかして」

「ああ、超能力者のようだな」


 なぎさの問いに頷く赤羽。彼は樋野が出て行ったであろう入口を見つめていたが、やがて朔羅たちを振り返る。


「お前らは送って行ってやる。ふぅーっ。全く、人の話も聞かずに無茶ばかりしやがって……」


 呆れ声で溜め息を吐く赤羽を前に、朔羅は言った。


「……昨日の朝、会いましたよね。私たち」


 写真に写っていた顔を見て思い出した。


 赤羽弦一郎。


 この男、先日の朝、交差点で転びかかった朔羅を助けてくれた男である。

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