Chapter3 超能力者

Chapter 3-1

 樋野秋森ひの あきもりは超能力者だ。それは周囲どころか親族――母親にすら知られていない。


 父は既に亡くなっている。十年前に父が鬼籍に入って以来、母が一人で彼を育てて来た。母には感謝している。あんな、ろくでなしとの間に生まれた自分を女手一つで育ててくれたのだ。


 中学を卒業してすぐに働いてもよかったが、なにぶん彼は身体よりも頭の方が優秀な部類の人間だ。肉体労働に従事するより、勉学に励んで欲しいと母は望んだ。早く母に楽をさせてやりたいと彼は主張していた。

 が、「大学には行かせてやれないかもしれないが、せめて高校までは卒業させてやりたい」という母の願いに、断腸の思いで進学を決めた。


 幸い、奨学金のお陰で学費には困らなかった。しかし大学への進学も考えて、アルバイトも行っている。決して裕福だとは言えない暮らしだが、超能力者である自分が、こうして人間らしい生き方ができているだけでも御の字だと思っていた。


 つい、この間までは。


 樋野はふらつきながらも懸命に走る。一瞬だが、それなりに大きな力を使った。疲労度は並の運動の比ではない。

 ここまで来れば大丈夫だろうと、彼は住宅街の路地で足を止めた。まだ夕方だと言うのに、周囲に人気はなく、静かだ。理由は彼が一番よく知っている。


 壁に背中を預けて、息を整える。どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか。超能力者であることは隠して、それなりに真っ当に生きて来たつもりだ。

 ああ、そうか。結局、それがいけないのか。超能力者――である父と同じ力を持って生まれてしまったこと。それ自体が間違いだったのだ。


 この世界は、超能力者がまともに生きていく事など許されてはいない。


 特に十年前、この地域では超能力者と魔法使いの争いが起きていた。世界の裏側で起こったそれは、公には事故として記録されている。

 戦争と呼んでも差し支えない程の戦いとなったそれは、双方に多数の死者が出る結果となった。


 樋野の父も、この戦いで命を落とした超能力者である。樋野は自身もまた超能力者でありながら、父を含む超能力者たち全てを憎んでいた。

 それ以降、魔法使いたちは超能力者を危険なものだと認識し、その抑止力となるべく目を光らせている。こんな世界には、超能力者の居場所などありはしない。


 だから、樋野は許せなかった。母は超能力者ではない。普通の人間だ。彼女は樋野だけでなく、父が超能力者であった事も知らないだろう。

 だが、母に苦しい生活を強いる現状を作り出した、父親たちが。人の手に余るものでありながら、現状に対しては何の有効打にも成り得ない己の能力が、彼は許せない。


 しかし彼は賢明だった。自棄にならず、地道ながら確実な道を選択していた。

 にも関わらず、彼の人生は今、その歯車を大きく狂わせていた。


 きっかけは偶然だった。たまたま力を使った時、その場に居合わせてしまった者がいたのだ。


 超能力者が、自身の力を隠して生きる事は容易ではない。力の持ち主である彼らですら、それを持て余す者ばかりだからだ。彼らの歴史は浅く、自分の力を完全に制御できる超能力者は、まだ存在しないと言い切っていい。


 特に体調や感情の振れ幅が大きいほど、力は不安定になる。樋野も理解はしていたが、その日はアルバイトでの疲れが酷かった。いつ能力が暴発してもおかしくはない。早く帰って休もうと、ショートカットの為に普段は通らない裏道に入った。


 そこで彼は、事件に遭遇してしまった。中学生の少女が、建設中のビルの脇を通ろうとしていた。その時、クレーンで吊り下げられていた鉄骨が落下してしまったのだ。


 これを見た樋野は、状況に対する動揺と溜まった疲れから、つい力を使ってしまった。彼が鉄骨を受け止めるかのように腕を振り上げると、鉄骨は少女の頭上で虚空に静止した。


 樋野の身体からは、淡い緑色の光が放出されていた。鉄骨も同じ色の光に包まれており、彼の行使する念動力の対象物となっている事を表していた。


 樋野はそのまま、鉄骨を工事現場の敷地内に降ろした。力を行使した為に、さらなる疲労感が彼を包む。それでも樋野は、少女に向けて声を掛ける。


「だいじょう――」


 だがその言葉は途中で途切れ、宙をさまよった。

 少女は瞳をうるわせ、口許を戦慄かせながら樋野を見ていた。彼女の足が、一歩、また一歩と後ずさる。


「……ば、化け物」


 彼女の言葉が、樋野の中の何かを外させた。彼の中でうねりを上げて渦巻く激情は瞬く間に肥大化し、彼の意識を乗っ取った。


 気付いた時には、全身を切り裂かれ、手足を捩られて絶命した少女の身体が目の前にあった。


「あ……あ……!!」


 眼前の光景を受け入れられず、彼は首を横に振りながらよろめく。違う。僕じゃない。僕がやったんじゃない。

 たたらを踏む彼の首元に、冷たく鋭利な感触があった。


「見ーちゃった」


 イタチを象った三人の『魔』が、樋野を取り囲んだ。彼らは下卑た目で樋野を見ていた。


「今日の事、バラされたくないよな? 超能力者さん」

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