Chapter 2-4
絹枝が目を覚ましたのも、昼の十二時を回った頃だった。
奇妙な程、穏やかな昼下がりである。カーテンを開ければ、晴れ晴れとした空の下、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
長時間寝ていた気怠さの中、閑静な住宅街の景色を眺めていると、控えめなノックと共にドアがゆっくりと開いた。
「やあ、目が覚めたか、鞘上絹枝」
「おはよう、ございます……?」
絹枝が起床しているのを目に留めると、彼はトコトコと入室し、ベッド脇の椅子に飛び乗る。
「気分はどうだ?」
「……大丈夫、です」
「そうか。ミルクはいるか?」
彼の問いに、絹枝はじゃあと頷く。彼はわかった、と部屋を出ていく。
絹枝は窓の外へ視線を戻した。平和だ。何事もなかったのは、この時間までぐっすりと寝ていたことからも明らかである。
やがて、ホットミルクを淹れた彼が戻って来る。
渡されたミルクの香りに絹枝はホッと息を吐く。こんな風に飲み物を振る舞われたのは初めてだ。
こんなに、暖かいんだ。
「しかし、その眼があるとは言え驚かんのだな」
「……?」
「まあいい。それよりなにか、聞きたいことはあるかね? 私でよければ答えよう」
それと、と絹枝は言葉を継ぐ。
「じゃあ、教えてください。私の眼のこと、とか、あなたのこと、とか」
絹枝は続ける。
「妹のこと、とか」
※ ※ ※
確か、二年二組だったはず。
朔羅は京太に会う為、彼のクラスを訪れていた。奇しくも昨年度、朔羅がいたクラスでもある。まだ進級してそれほど経っていないのに、随分と懐かしい気がしてしまう。
「あ、朔羅先輩だー」
教室内を覗くと、丁度、後輩の女子生徒がいるのを見つけた。あちらもすぐにこちらに気付いてくれて、手を振りながら歩み寄って来る。
「朔羅先輩、今日もかーわいいですねー」
小動物を愛でるように抱きすくめられるが、特に気にせず、朔羅は京太がいないか訊ねた。
「扇空寺君ですかー? うーん、あの人、いっつも一人なのでー」
すりすりと頬擦りしながらも、彼女は友人に京太の居場所を知っているか訊いてくれた。するとその内の一人が、前に屋上に上がっていくのを見たことがあると教えてくれたので、朔羅は後輩たちに礼を言って、屋上へ足を延ばしてみた。
屋上のドアの前に辿り着くと、少し緊張してきた。落ち着いてから思い返すと、なんか怒ってた気がする。深く息を吸う。大丈夫、怖くない。
ドアノブに手をかける。握った手に力を込めてドアを開けた。
三階建ての校舎の屋上である。高さはそれなりと言った所だが、校舎自体が山の上にある為、街の景色を一望できる。事故防止のフェンスに囲まれたここは、特に立ち入り禁止という訳でもなく、ベンチや観葉植物が設置されており、憩いの場として整備されている。
京太はそこにいた。
だがベンチに寝転がっている彼は、ドアが開いた事すら気付いた様子もなく、微動だにしない。イヤホンを嵌めているのが見えるが、余程ノイズキャンセルの性能がいいか、大音量なのか。
それなら、と朔羅は思い切って床を踏みつけながら歩み寄る。覗き込んでみると、どうやら昼寝の真っ最中のようだった。やっぱり京太君の寝顔結構かわいい……じゃなくて。
朔羅は首を横に振った。さて、どうしたものか。
気を取り直して、朔羅は京太のイヤホンに狙いを定める。ワイヤレスのイヤホンなのでコードはなかった。せっかく自分を鼓舞してやって来たにも関わらず、気付かれてもいないというのも面白くない。
そこからの行動は早かった。ガッという効果音が鳴りそうな勢いでイヤホンを掴み、外して、
「さーくーらー! ぱーんち!」
全く以って威力のなさそうな、本人としては渾身の力を込めたへなちょこぱんちを繰り出す。
無論、実に間抜けな音と共に受け止められる。
「えと、京太……君?」
「……取り敢えず、眠気覚ましにそんな色気のねぇパンツ見せられてもな」
「ふぇっ?」
京太に言われて、朔羅は視線を下げる。瞬間、耳たぶが沸騰したように熱くなり、スカートを抑えて思い切り後ずさる。
「へ、変態! 痴漢! 人でなし!」
「そういうのは見たくて覗いた野郎に言ってやんな」
必然、放り投げられたイヤホンをキャッチし、京太は身を起こす。
そのままこの場を去ろうとしかねないので、朔羅は慌てて問いかける。
「ちょ、ちょっと! 京太君! 朝のこと、詳しく聞かせてよ!!」
「あぁ?」
眉根を寄せた眼差しにたじろぐ。
そんな朔羅の様子をどう感じたか、京太は溜め息交じりで答える。
「言ったろ、ウチのシマの問題だってな。お前らが関わる必要はねぇよ。ほら、さっさと教室に戻らねぇと、予鈴が鳴っちまうぜ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなに除け者にしなくてもいいでしょ!?」
「別にそんなつもりはねぇよ。ただ俺は――いや、なんでもねぇ。今日のことは忘れろ。それより、今は超能力者がどうこうって噂んなってんじゃねぇか。魔法使いとしては、そっちの方を気にしてねぇといけねぇんじゃねぇか?」
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