Chapter 2-3

「お前らにゃ関係ねぇよ」

「似てないからもうやめなさい」

「はーい」


 朔羅は無愛想な表情を作り、京太の声真似をするが、なぎさに窘められてやめた。

 朝のホームルーム前、クラスメイトが全員揃い、それぞれの会話が弾む中で朔羅は唇をへの字に曲げていた。そのため、なぎさ以外のクラスメイトは自然と朔羅のそばから離れていた。


 絹枝を心配している最中に今朝の事件があり、朔羅は苛立ちを隠せなかった。起きる時は色々なものが重なるということか。今日はできるだけ早く帰宅しようと考えていたが、知り合いの所業を見逃すわけにもいかない。


 とは言え京太がかつあげや恐喝といった行為に手を染めるとは考えにくい。なんかワルっぽいがああいうことはしないのはよく知っている。

 よく知ってはいるのだが……。


「うーん……。私たちってイマイチ連帯感っていうか、ないよねーそういうの」

「そうね。まあ、彼の考え方もあるとは思うけれど」


 そうだ。だいたい、こっちはいくらでも協力できるのだ。『魔』との戦いだって、一緒に戦うことを嫌がったことが一度でもあっただろうか。いや、ない。なのに彼は決まって「これはウチのシマの問題だ」と言い出して朔羅たちをのけ者にするのだ。


 京太と出会ったのは、彼が頭領の座を継いだときだった。そのころからずっと、京太のスタンスは変わらない。


 予鈴が鳴る。クラスメイトたちが自席に戻って行き、慌ただしさが薄れて行く。予鈴が鳴り止むのとほぼ同時に、教室のドアが開く。


 と、朔羅は驚きで目を見開いた。いや、それが朔羅だけの反応ではないのは、クラス全体が静寂に包まれたことからも明らかだろう。当然、入って来るのは担任教師だとばかり思っていたのだが。


 入ってきたのは、スーツ姿の大柄な男性だった。背が高いだけではなく体格もよく、背広の肩幅はかなり広い。たてがみのような短髪も相まって、総じて野性的な風格を漂わせる人物であった。


 しかし、クラス中が困惑で静まり返ったのは、彼が見知らぬ人物である為だけではないだろう。なによりも目立つのは、彼の眼差しを完全に覆い隠すバイザーだ。彼は堂々と教卓へ向かうが、生徒たちからは不審者を見るような目で見られている。


「委員長、号令を頼む」


 と、男は声を発した。低く、ドスの効いた声色に、クラス委員長が上ずりながら返事をして、起立の号令を掛ける。


「れ、礼! 着席!」


 全員が座り直すと、男が再び口を開く。


「ふぅーっ。突然済まないな。俺は赤羽弦一郎という者だ。ここの担任の先生が産休ということで来た、臨時の担任だ。扱いとしては非常勤の教師ということになるな。目が光に弱くてな、こういうもんを常に着けとかなきゃならんのを了解しておいてくれ。それじゃあ出欠を取るぞ」


 驚く生徒たちの中で、朔羅となぎさだけが別の驚愕に目を見開いたままだった。

 そう。赤羽を名乗った男は、つい先ほど見たばかりの写真の男性だったのだ。


 起きる時には色々なものが重なるということか。


「……ろ。風代。風代朔羅。いないのか?」

「ふぁい!?」


     ※     ※     ※


 赤羽サツキ。

 それはかつての英雄である大魔法使いであり、『螺旋の環』の立ち上げに関わった人物であり、そして朔羅の恩人である。


 赤羽弦一郎は、そんなサツキの縁者であると聞かされた男だ。遅かれ早かれ接触してくるだろうという話だったが、こういった形で近くに現れるとはまったくの想定外だった。


 四時間目の終わるチャイムが鳴ると、生徒たちは待ちに待った昼休みを満喫するべく行動に移る。具体的には真っ先に立ち上がったのが購買組である。世の常か、この学校でも購買の競争率は激しく、のんびりしていては人気のパンどころか余り物にさえあり付けない。


 続くのは学食組だ。購買を利用するよりも値は張るが、その分余裕を持って席を立てる。友人と連れ立つにも、一人で気ままに向かうのにも都合がいい。


 教室以外の場所で食べる弁当組も、ほぼ同じ頃合いで席を立つ。お気に入りの場所がある者も多い為、購買組とそう変わらないスピードで出て行く者もいる。


 そして残るのは教室で食べる弁当組である。自席で一人の時間を満喫する者もいれば、机をくっつけ合って食卓を囲む者たちもいる。朔羅となぎさもそういうスタイルで昼食を摂る者の一人だ。


「さっくらーん! そろそろ機嫌直ったかにゃー?」


 いつも一緒するクラスメイトから声を掛けられ、朔羅は大丈夫と笑って返す。胸中ではそんなにピリピリしていたのかと反省しつつ、机の向きを変えるのを手伝う。外へ出て行った生徒の机を借りて、即席のダイニングテーブルを作る。


「あんたがそんなにブスっとしてるなんて、珍しいもんだね」

「美味しいご飯食べて、嫌な事なんかさっさと忘れた方がいいっすよ! ま、どうしてもモヤモヤするって言うなら話ぐらい聞くけどねぃ」


 集ってくるクラスメイトたちに声を掛けられながら、朔羅は今日初めての心からの笑顔を浮かべる。それを見たなぎさの表情もどことなく和らいだ。


「ありがとね。じゃあ……ちょっと聞いてもらってもいい?」


 クラスメイトたちが頷いてくれるのを見て、朔羅は今朝の一件を話してみた。思い出すと込み上げて来るものがない訳ではないが、気持ちが前向きになっている今なら楽に話すことができた。


「……へー、そんな子いたんだにゃー」

「その子のこともそうだけど、最近はこの辺も物騒になってきたもんだね。昨日は中学生の女の子が殺されたらしいし」


 ああ、とこれに頷いたのはなぎさだ。


「今朝のニュースでやってたわね、その話」


 ニュース? そう言えばと思い返せば、朝テレビを付けた時にそんな話題があった気がする。頭痛のせいであまり耳に入って来なかった。

 由々しき事態ではあるが、どうにもテレビの報道というのは画面の中だけで起こっている事のようで現実味がない。


「これももしかしたら超能力絡みかもしれないって話だよ。一緒に、山火事で研究施設が一つおじゃんになったってのもやってたし。ネットじゃ超能力者の研究施設だったんじゃないかって」

「いよいよ私らの身近に、超能力者問題が迫って来たー! って感じかにゃ?」

「ま、それはそうと、朔羅は扇空寺って子のこと、どうしたいんだい?」

「そうだねぇ。じっとしてる朔羅んってのも珍しいにゃー」


 水筒のお茶に口を付けて、なぎさが説明する。


「……この子、意外と奥手なのよ」

「ほほう、それは中々、朔羅んも隅に置けませんなぁ」

「って、え!? 今の話のどこにそういう要素ありましたかね!?」


 何故かそっち方面に跳んだ話に、朔羅は困惑して慌てふためく。


「いいんじゃない? そういうのも結構燃えるもんだと思うけどねぇ」

「だ、だからぁ! も、もう! 行けばいいんでしょ行けば!」


 囃されて、いてもたってもいられなくなった朔羅は、さっさと弁当を片付けて立ち上がる。

 特攻隊長の本領発揮かというクラスメイトたちの視線から逃れるかのように、「じゃあ行って来ます!」と早口で宣言して、教室から慌ただしく出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る