Chapter2 仮面の男

Chapter 2-1

 朔羅がドアを開けると、そこにはメイドさんがいた。

 なにを言っているんだと言われるかもしれないが、事実だった。

 かてて加えて言うと、美人だった。


「あのー……どちらさま?」


 朔羅が呆気に取られながらも問うと、メイドさんは実に恭しく頭を下げた。


「申し遅れました。わたくし、四条家の使用人をしております。綾瀬と申します」

「四条家……」

「ということは、四条あやめさんの?」


 続くなぎさの問いに、綾瀬と名乗ったメイドさんは頷く。


「はい。本日はご当主の命で参りました。早くに恐縮ではありますが、少々お時間よろしいでしょうか」


 二人は頷き、綾瀬を中へ招き入れる。


「登校前なので、本当に少しだけですが」

「構いません。アポなしで伺ったのはこちらなので」


 二人と綾瀬はカウンターテーブルで向かい合う。


 綾瀬は胸ポケットから一枚の写真を取り出す。

 そこには、やたらと機械じみたバイザーで、顔の上半分を覆い尽くした男の姿が写っていた。


「この人は?」

「こちらの方は、赤羽弦一郎あかばね げんいちろう。かつての英雄、赤羽サツキ様の縁者であらせられるとのことです」


 は、と凝視するが、彼の表情は窺い知れない。あとは特徴としては、たてがみのような髪型くらいか。


「それで、サツキさんとご縁がある方がなにか?」

「ええ。そのことで、アトリエのお二人にも耳に入れておくべきだとご当主様が判断なされました。お二人は、ここ最近でこの地域に蔓延している新型ドラッグのことはご存じですか?」

「いえ……。朔羅、なにか知ってる?」

「ふぇ?」


 それまで写真を凝視していた朔羅は慌てて顔を上げる。

 明らかに話を聞いていなかった朔羅に、綾瀬は特に嘆息もせず再度問いかける。


「新型ドラッグについて、なにかご存じですか?」

「ええー……。いやあ、こう見えても普通の高校生でして」


 身長以外は、と注訳を付ける必要はあるが。ともかく、魔法使いであること以外は普通の女子高生であるところの朔羅に、麻薬はまったくもって無縁の存在であった。


「その麻薬は『ラグナロク』と呼ばれています。既存の麻薬よりも高い依存性と幻覚症状を引き起こすことが特徴のようですが、それ以上に詳しいことはまだ調査中です。そしてその中で、注意すべき人物として挙がってきたのが、この方なのです」


 綾瀬は写真の男を指し示す。二人は目を見開いて写真に目を落とす。

 まさか、五大英雄の縁者が麻薬に関わりがあるのか。


「まだ、この方がどのように『ラグナロク』に関わっているのかはわかりません。しかし、『螺旋の環』はこの地で最も赤羽サツキ様に近しい存在。遅かれ早かれ接触してくることは間違いないと思われます。どうか、お気を付けください。なにかあれば、四条までご連絡を」


 そう言い残して、綾瀬は再び頭を下げ、『螺旋の環』から去っていった。


 綾瀬が去ったあと、大きく息を吐いてなぎさが呟く。


「……とんだ厄介事だったわね。まあ、気を付けるに越したことはないわ」

「うーん……」

「朔羅?」

「へ? あ、うん、そうだね。気を付けよっか」


 写真を置いて、二人は『螺旋の環』を出た。


 道中、朔羅は写真の男を思い返して小首を傾げる。

 あの人、どっかで見たことあるような……。

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