Chapter 1-4

 朔羅は大急ぎでなぎさを呼び、絹枝を部屋に運んでベッドに寝かせた。二人を呼んだ頃には、既に安定した眠りに入っており、救急車を呼ぶ必要はなさそうだった。


「……ベランダでね。ここに来る前の話をしてたの」


 訥々と話し始めた朔羅に、なぎさが先を促す。


「それで?」

「私の事を訊かれた時、なんて言っていいか少し考えちゃった」


 朔羅は、隣に座るなぎさの肩に頭を乗せた。


「うん。結局――大事な事は言えませんでした」

「……朔羅。出てるわよ」

「いいじゃないですか、ちょっとくらい。昔の事を思い出してしまったんですから、なぎさと二人きりの時くらい浸らせてください」


 朔羅の頭に手を置き、なぎさは息を吐いた。ゆっくりと撫でながら、呟くように告げる。


「……いいのよ、無理に言わなくても。朔羅にとっても辛いことなんだから、あなただけがそれを背負う必要なんてないわ。それに、絹枝があなたの敵になったとしても、私はあなたの味方だから」

「……はい。ありがとうございます、なぎさ」


     ※     ※     ※


「ああ、なるほど。何もない筈なのにそこにある。それがお前の存在の意味だ。大丈夫、私には視えてるよ。けれどその存在の意味を他人に押し付けてはいけないな。そんな事だから、『神隠しの踊り子』なんて呼ばれて怪談話にされてしまうんだ。え、なんで私がここに来たのかって? そりゃあ決まっているだろう。この独りよがりな寂しい花畑から、お前を連れて帰る為さ」


     ※     ※     ※


 朔羅は頭痛と共に目を覚ました。


 久し振りの感覚だった。ここに来たばかりの頃は頻繁に起きていたものだったが、年を経る毎に落ち着いてきていたし、最近に至ってはめっきり見られなくなっていたものだ。


 朔羅は起き上がると、まずテレビを付けた。行方不明になっていた女子中学生が遺体で発見。先日の岐阜県山中で起きた山火事。それによって政府の研究施設が焼失。


 朝のニュース番組を横目に朔羅は着替えを始めた。パジャマの上を脱ぐと、まずは下着を付ける。そのどこか窮屈な感覚に、朔羅は自分のそれなりに大きな二つの膨らみを見下ろす。なぎさ並みのプロポーションに一歩近づいたかな。絹枝ちゃんも結構大きいよね。


 ただ、相変わらず身長に変化は見られないのだが。それに気付くと、一瞬忘れかけていた頭の鈍痛とともに気分もだだ下がりであった。


 制服を着用し、腰まで届く長い髪をツーテールにまとめればいつも通りの朔羅の完成だ。この髪は朔羅の自慢の一つで、この髪質の良さに惚れ惚れしたなぎさが手入れしてくれたりするし、女友達からはよく「朔羅の髪は綺麗だね」と言われる。


 着替えを終えると、テーブルの上の頭痛薬に視線を向ける。正直、それが必要な程かどうかは微妙な所だ。

 小首を傾げて迷った後、それを手にして朔羅は部屋を出た。ドアを開けた時、消し忘れていたテレビには気付いて消した。


「なぎさ、おはよう」

「おはよう朔羅。……体調、悪いの?」

「ちょっと、頭が痛くて……」


 リビングには既になぎさの姿があった。昨日は絹枝に付いていたので、寝ていないかもしれない。

 テーブルに着きながら、絹枝の容態を訊いてみる。


「絹枝ちゃん、どう?」

「今はまだ寝てるわ。今日は休ませた方がいいんじゃないかしら」


 絹枝が目を覚ましたと聞き、朔羅は胸中で安堵する。


「あなたも休む?」

「へ? う、ううん! 平気平気!」


 朔羅はガッツポーズを取ってみせる。腕を振り上げて元気さをアピールする。


「そう? 無理しちゃダメよ」

「りょーかいりょーかい!」


 それから朝食を摂り、寝ている絹枝の様子を窺ってから、朔羅となぎさは揃って登校した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る