Chapter 1-2

「ほら、行くわよ朔羅」

「分かっとりますよ、生徒会長さん」


 アンティークショップ『螺旋の環』には、所狭しと骨董品が並べられている。

 鏡や置物、果ては屏風などといったラインナップは古今東西の骨董品を網羅していると言っていいだろう。


 この四月に高校三年生になったばかりの風代朔羅かざしろ さくらには、それらがどれだけの値打ち物なのかさっぱり分からないのだが。


 朔羅はそんな骨董品の間を縫うように入口へ向かう。ドアの前で彼女を待っていた穂叢ほむらなぎさの隣に並び、共に店を後にする。

 ドアを閉めると、古めかしい吊り下げ型の看板が揺れた。


「転校生ってどんな子かな? 楽しみだよね」

「朔羅は隣の席よね。ちゃんと仲良くしなさいよ」

「分かってますよーだ」


 今日は彼女たちのクラスに転校生がやってくると聞いていた。わかっているのは女子生徒であることと朔羅の隣の席になることだけだった。

 先日、転校生の為の机を用意するのを手伝った朔羅は、新しい出会いを待ちきれない様子である。


「あ、おーい! おっはよー!」

「おはようございます、風代先輩」


 と、話している間に、朔羅は向かう先の交差点で信号待ちをしている、一人の男子生徒の姿を見付けた。

 声をかけると、彼は振り返り挨拶を返してくれる。


「朔羅、あぶないわよ。……もう」


 男子生徒――月島水輝つきしま みずきに手を振って駆け出した朔羅に、なぎさは後ろから注意を促すも聞き入れられることはなかった。いつものことなので諦めるのも早い。


 なぎさが制止をかけたのはもちろん、朔羅の気質のためだ。案の定、朔羅は途中で何かにつまづいて体勢を崩す。


「わわちょっ――」


 その場に倒れかかったところで、間一髪誰かがその身体を支えた。

 朔羅の対面から歩いてきていた通行人の男性だった。短髪に凛々しい顔立ち、咥え煙草をしたスーツ姿の男性だ。歳は四十代前半から半ばといったところだろうか。


 男性は顔を上げた朔羅に、どこか不敵な笑みを投げる。


「ふぅーっ。大丈夫かい、お嬢ちゃん。足元には気を付けた方がいいぜ」

「あ、は、はい。ありがとうございます!」

「よし、いい子だ。ほら、ちゃんとお姉ちゃんに学校まで送ってもらうんだぞ」


 歩み寄り、頭を下げたなぎさに朔羅を預け、男性は去っていった。煙草のフレーバーの匂いが離れていく。


 ふるふると何かに打ち震える朔羅は、やがて爆発するかのように大声を上げた。


「私、高校生だもん!」


     ※     ※     ※


 予鈴が終わるのとほぼ同時に、教室のドアが開く。入ってきたのは担任の女性教師と、初めて見る女生徒だった。

 二人の入室に合わせて、学級委員から起立の号令が掛かる。と、朔羅は少女に視線が行った。そちらに気が向いたのはもちろん朔羅だけではない。


 礼、の号令で頭を下げ、着席する。


「おはよう。早速だけど、転校生を紹介しようか」


 担任は背を向け、チョークを取って黒板に文字を書いていく。鞘上絹枝。


鞘上絹枝さやがみ きぬえさんだ。一緒に居られる時間はたった一年だけかもしれないけれど、みんな仲良くしてあげて欲しい」

「鞘上絹枝、です。よろしくお願いします」


 絹枝はゆっくりと、しかし深々と頭を下げる。長く綺麗な黒髪が前に落ちた。頭を上げ、それを掻き上げる仕草が妙に艶っぽい。

 担任が朔羅の隣の席に着くよう促すと、一歩一歩、独特のリズムで歩いて着席する。朔羅はこのリズムにどこか違和感を覚えたが、それが何かは分からなかった。


 隣の席に座った絹枝へ、朔羅は微笑みかける。


「私、風代朔羅。よろしくね、鞘上さん」

「……風代、さん。うん、よろしくね」


 声をかけられた絹枝は一瞬きょとんとしていたが、すぐに微笑みを返してくれた。おっとりした子だな、というのが朔羅が抱いた第一印象だった。


 転校生の紹介も終え、ホームルームが始まった。

 出席の確認を終え、連絡事項を済ませた所でホームルームが終わる。担任は自分が明日から産休に入ること、臨時の教師が代理に来てくれることを伝えていたが、まともに聞いていた生徒はどれだけいただろうか。


 黒板に書いた絹枝の名前を消すと、担任は「一時間目の先生に迷惑がかからないように」と言い残して教室から去って行った。


 ホームルームが終わるや否や、朔羅は立ち上がって絹枝の隣に立つ。


「鞘上さん!」


 朔羅の声に教室中が色めき立つ。「よっ、特攻隊長」などという声が上がる辺り、このクラスにおける朔羅の立ち位置は既に確立していた。


 ちなみに朔羅は立ち上がっているにも関わらず、座っている絹枝とは丁度同じくらいの高さで目線が合うようになっていた。見上げる必要も、見下ろす必要もなく横を向いた絹枝は、どこか見惚れるようにぼう、と朔羅を見つめていた。


 朔羅はビシッと手を上げて尋ねる。


「絹枝ちゃんって呼んでいいですか!」


 「あ、私も」と他の生徒たちも随時それに続いていく。この勢いに呆気にとられていた絹枝だったが、やがてこくんと頷いた。そうしてものの数秒で、絹枝の呼び方は「絹枝ちゃん」で定着していった。


「私の事も朔羅って呼んでねっ!」


 やがて絹枝の周囲には朔羅を筆頭に女生徒たちの輪が出来上がる。絹枝への質問攻めは一時間目の英語を担当する教師が現れるまで続いた。


「ほら、転校生と仲良くするのもいいけど、休み時間にしてくれよ」

「はーい!」


 英語教師の声に、輪に加わっていた生徒たちは順次自分の席へ戻っていく。


 朔羅の前の席であるなぎさが絹枝を振り返り、声をかける。


「ごめんなさいね、うるさい子で。私、穂叢なぎさ。この子とは一緒の家で暮らしてるの。よろしく」

「ううん、大丈夫。すごくかわいいなって思ったから。よろしくね、穂叢、さん」

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