Chapter 6-5
「もう! あと少しなのにー!」
苛立ちに任せて、朔羅が黒弾を斬り払う。だが黒弾は処刑鎌の刃を身に受けた瞬間に分裂し、更に小型の黒弾の群れとなって朔羅に襲い掛かる。
「朔羅!」
京太は朔羅の元へ足場を蹴った。黒弾が朔羅を撃ち貫く、寸前に京太は朔羅の身体を抱いて虚空を転がった。朔羅がいた場所に収束した黒弾はそこでぶつかり爆散した。
「大丈夫か、朔羅」
「う、うん。ありがと」
妙にしおらしくなった朔羅を離し、京太は尚も彼らを狙う黒弾を回避した。
避けながら行くしかないのか。京太はそれしかないのかと渋面を作る。
「扇空寺君、朔羅、先に行って!」
なぎさの声が飛ぶ。彼女の手から電撃の帯が伸びた。それは魔神の周囲を巻くように包み、黒弾を遮断する壁となった。
なぎさは京太に頷いてみせた。電撃の壁は黒弾を遮断するが、これを展開している間なぎさは身動きが取れない。
「すまねぇ、会長!」
京太は朔羅を伴って更に跳んだ。正面からの黒弾はなぎさが遮断してくれている。京太たちは上から降下してくる黒弾を避ければいい。
左右に小刻みに飛び跳ねながら上へ確実に跳躍していく。遂には頭部を飛び越えるまでに至った。
下から突き上げるように黒弾が追尾してくる。それを防いだのは京太より低い位置にいた朔羅だった。処刑鎌の刃を盾代わりに、襲いくる黒弾を受け止めたのだ。
「京太君、お願い!」
「おう!」
黒弾を引き受けてくれる朔羅に感謝しつつ、京太は飛び上がった。風の足場はない。京太の身体は魔神に向かって急降下を始める。
黒い霧のような、影のような身体から浮き出た山のような頭部は、目と口の形に三つのくぼみが開いていた。それが妙に愛嬌があるように見えて、京太は思わず笑いを漏らしてしまう。
「でかいナリしてるが、なんか妖怪みてぇな野郎だな」
『龍伽』の柄を左手に、鞘を右手に持つ。
笑みを消し、無表情に魔神を見つめた。そこに一切の容赦はなく。ただ討魔の大将たる在り方を体現した鬼の姿があった。
「終焉の魔神だかなんだか知らねぇが、ウチのシマを荒らす奴ぁ許しちゃおかねぇ」
京太は『龍伽』の鞘を抜き放つ。銀色に輝く刀身は、月の視えない夜でも凛と煌めく。
『龍伽』。それは名の通り、この龍伽の地を巡る龍脈の力を顕現した代物だ。すなわち京太はまさしくこの土地自体を手にしているも同義。この地において一旦抜き放たれれば断てぬ物など在りはしない。
「――往生しな」
京太はありったけの力を込めて咆哮した。剥き出しとなった『龍伽』の切っ先が魔神の頭部に突き刺さる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
『龍伽』によって頭部から真っ二つに魔神の巨躯が裂かれていく。
京太が再び地に降り立ったとき、半身に分かたれた魔神は文字通り霧となって消えていった。同時に魔方陣の結界も光も消え失せる。後に残ったのは自然災害に見舞われ一時的に機能を停止した街と、無機質なビルの屋上だった。
「終わり、か……」
京太は『龍伽』を鞘に納める。絶大な力を誇るこの宝刀は、長く抜けばそれだけ土地の力を消耗する。もちろん莫大な力を操らなければならない京太への負担も大きい。京太が『龍伽』をとどめにしか抜かないのはそのためだ。魔神を倒すためとは少し長く抜き過ぎたようだ。京太は満身創痍とは言わないまでも激しく息切れしていた。
どこかあっけない幕切れだったがそれも常だ。この刀と扇空寺の鬼がある限りこの地に魔が跋扈することは有り得ないのだから。
「まだ終焉りではないぞ、扇空寺の鬼よ」
それは鷲澤老の声だった。彼の身体は深い黒の瘴気に包まれていた。
直感でわかる。あれは魔神の力そのものだ。
そして京太のそばには、倒れ伏す双刃の姿があった。双刃を触媒にこの場に現れた魔神の力は、今は鷲澤老に乗り移ったということか。
鷲澤老の隣で、シュラが指を鳴らす。
すると大きな音を立てて、彼らの背後に巨大な扉が出現していく。両開きのそれは、完全にその姿を現すと独りでに開け放たれる。
「魔界の扉!?」
水輝が驚嘆の声を上げる。『螺旋の環』の面々は揃って思いもよらぬ扉の出現に驚愕していた。なるほど、あれが魔界の扉。この地上界と魔界を繋げる門というわけだ。
扉が解放されると強い風がそこから吹き荒れた。京太たちの身体がそれに引っ張られるようにして扉の方へ移動していく。引きずり込まれる。どう抗っても止まらない。一度『龍伽』を抜いた京太に至っては、もう動くことすらままならない。仲間が盾になっていても関係なく、京太の身体が最も早く扉に引きずり込まれていく。
鷲澤老が京太へ手を伸ばす。鷲澤老の腕が蛇へと変わり、京太を捕えんと迫る。
――ダメ!
そんな京太の前に立ち塞がる人影があった。京太は顔を上げる。そこには四年前と変わらぬ姿をした少女がいた。
「すず、な……?」
呼びかけると、鈴詠は京太を振り返り微笑んだ。
――京太君、みんな。さよなら。
鈴詠の身体を鷲澤老の腕が捕えた。そのまま彼らは扉の奥へ呑み込まれるかのようにして消えていった。
「鈴詠あああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
京太の叫びはもう届かなかった。扉は閉じられていく。このままでは鈴詠を取り返せない。
京太は扉に向かって、よろめく足で駆け出した。
「待て、よ」
だが京太は、横から割り込んできた双刃によって突き飛ばされてしまった。双刃はそのまま扉へ歩み寄っていく。
「双刃――。おい、双刃! てめぇどこに行く気だ!」
双刃は答えず、身を引きずりながら扉の奥へ足を踏み入れる。
姿を消す直前に、振り返った。
「じゃあな。また、お前を殺しに来る」
扉が閉じ、消えていく。後に残された京太は、扉のあった場所を呆然と見つめることしかできなかった。
※ ※ ※
「若、ご無事ですか!」
戦いが終わり、棗が空とあやめを伴って駆け寄ってくる。
「棗さん、若様を始め、私たちも無事です。無事、ですが……」
紗悠里は心配げに京太を見やる。だが、ただ呆然と一点を見つめる京太の姿が痛ましいのかすぐに目を伏せてしまった。
「あ、あのさ」
そんな京太の元へ歩み寄ったのは空だ。本当なら今すぐ抱き締めてでも彼を慰めたいだろう。だがそれすらも躊躇わせるほど今の京太の背中はもの悲しさに満ちていた。
「その、なんて言ったらいいか分かんないけど……。行こうよ。そんな顔してたら、す……、鈴詠だって喜べないと思う、けどーなんて……」
苦しそうに語尾をすぼめていく空を前に、京太は立ち上がった。なにも言わずに立つ姿に怒りを感じたのか、空は身を竦める。
京太は立ち上がったままなにも言わない。しばらく立ち尽くしていたかと思うと、急に空の身体を抱き締めた。
「え、え、え、ちょ、ちょっとあの……、そんな急に……いた、痛い! 痛いよ京太!」
思い切り締め付けられて抗議の悲鳴を上げる空に構わず、京太はひたすら彼女を抱きすくめる。
唖然とする一同を前に、京太は空を解放した。よし、と一息吐き、京太はみなを振り返る。ただずっと、自分がなにをすべきかを考えていた。自分を守ってくれた鈴詠。かけがえのない存在だった彼女のために今、自分が為すべきことは果たしてなんなのかを。
振り返った京太の表情に悲壮の色は見えなかった。あるのはただ、為すべきことを為すと決めた覚悟だ。
「決めたぜ、お前ら全員俺の後ろに付いてきな。奴らは俺たちがたたっ斬る。必ずな」
京太は夜空を見上げた。雷雲も晴れ、月明かりに照らされた空の元、誓った。
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