Chapter 6-2
京太が臨戦態勢となったことに合わせてか、どこからともなく一人の少年が京太の前に立ち塞がった。
「双刃、言ったはずだぜ。邪魔するんならたたっ斬るってな」
「ああ。そいつは願ったり叶ったりだ。そんなことでお前が俺の相手をしてくれるっていうならそれでいい」
「退く気はねぇってことか」
「もちろん。鬼退治が今の俺の仕事だ。そっちこそ偉そうに言ってるが、俺をがっがりさせてくれるなよ――!」
にやりと頬を歪めた双刃の姿が消える。いや、常人の眼には映らない速さで移動しているのだ。
「こっちだよ」
京太の背後から、双刃の凶刃が忍び寄る。双刃に対し完全に背を向けたままの京太は隙だらけだ。
背後から斬り付ける双刃のナイフは、だがしかし京太の背に届く前に打ち据えられた。
「は、視えてねぇとでも思ったかよ?」
紅く煌めく瞳が双刃を見据える。京太の身体は今や人間のそれではない。鬼という別次元の存在に作り替えられている。その身体能力は隅々に至るまでが規格外だ。双刃の動きを見切るなど造作もない。
大きく身を翻して退いた双刃は、更にもう一度、今度は正面から斬りかかる。屋上の床を滑るように駆け抜け京太に迫る。
対する京太は刀を構えもせず立ち尽くしている。いや、これでこそ扇空寺流楯の型『朧』の究極系だ。それはどんな無防備な状態からでも防御を行うために開発されてきた型だ。だからこそ、構えを取らない今の状態からでも京太は双刃の刃を打ち払うことができる。
――扇空寺流、朧楓。
双刃の連撃は続く。鮮やかにいなされて尚勢いを失わない双刃は鎌鼬のように疾風怒濤の斬撃を繰り出していく。だがその悉くを京太は華麗に受け流していた。双刃の刃はそのどれもが京太の肌を霞めることはない。
そう、たった一本の刃ではこれが限界だろう。
「舐めんじゃねぇぞ、双刃。たった一本で俺の相手をするつもりかよ? てめぇの名が泣くぜ」
双刃には天苗の忍びの技が備わっている。その全てを以ってせずして、俺に敵うと思ってんならそいつはお門違いだ。
「おっと、こいつは失礼。ならそろそろ本気でいこうか」
双刃はもう一本のナイフを手にする。瞬間、常に浮かんでいた笑みが消え失せる。
「盛者必衰。灰燼に帰せ、鬼よ」
これまでの動きとは真逆に、双刃は従容と一歩を踏み出した。一歩、また一歩と。歩みを連ねるほどに双刃の存在感がぼやけていくような気がした。確かに視界は双刃を捉えているのに、どこかぼんやりと彼の姿が薄れていき乱視の眼が捉える映像のように増えていく。
やがて霞んでいく双刃の姿に京太は目を瞠った。霞行くなか増えているように視えていた双刃が、今まさに完全に二つに分かたれた。
二つどころではない。三つ、四つとその数は増えていき、いつしか京太を八方から囲むほどの数になる。
これが天苗の忍びの技の一つ、霞分身の術か。何気なく歩いているかのように見えるその一歩一歩のすべてが特殊な歩法であった。京太でさえ捉えきれない超高速での歩みにより八つの残像を作り出す。今や京太が見ている全ての双刃が残像であると言っていい。それこそが、分身の術の極意はそこにありと見出した天苗の技だ。全ての分け身が質量を伴った幻であるなら、打ち破る術などどこにもない。
分身の一つが京太に仕掛けるべく床を蹴った。大きく跳躍した分身が京太の喉を穿つべくナイフを振りかざして降下してくる。
それは攻撃と防御、両方の性質を兼ね揃えた構えであった。京太が油断なく切り払って尚、落下の勢いを削ぐのは叶わない。
弾かれた反動も利用して、双刃はもう片方のナイフで空を裂きながら京太に迫る。
躱すのも、打ち据えるのも容易い攻撃だ。だがこれが二手三手と間断なく繰り出されれば果たしてどうなるだろうか。
刃をいなした瞬間を狙い、もう一つの分身がナイフを振るう。それを躱して更に一撃、弾き返して尚も一撃、京太が防御行動を終了した隙を的確に突いた連撃に、京太はたまらず大きく飛び退いた。
「ちっ……!」
だが、たったそれだけの距離など零も同然であった。京太が体勢を立て直す暇も与えず、双刃は瞬時に距離を詰めて文字通り八方から十六の刃を以って京太の命を確実に狩り取らんとする。
斬撃を捌く。それは単なる連撃ではない。確実に死角を突いて繰り出されるそれを、京太は感知できる気配だけを頼りにもはや反射だけで打ち捨てていると言っていい。研ぎ澄まされた神経が、冷たく硬質な刃が空を切って迫るのを感じ取る。
だがそれゆえに、不意に繰り出された蹴撃への反応が遅れてしまった。
「なっ……!?」
突然の蹴りを腹に叩き込まれ、京太の身体が宙に浮かぶ。無論双刃の攻撃はこれだけに留まらない。双刃は京太の身体を次々に蹴り上げていき、遥か高みまで達した後に踵の一撃が京太を地に叩き落とす。
屋上の床に落下した京太の身体は大きく跳ね上がりながら中央付近に留まった。
降下した双刃は京太の身体に馬乗りになり、ナイフを振り上げる。とどめの一撃だ。
双刃の頬に笑みがこぼれた。
「はは――。楽しい。楽し過ぎるぜ、京太。もう、人間としての生なんてどうでもいいくらいに充実してやがる。これで終わりだなんて嘘みたいだ。こんなに楽しいならお前とはもっと、一生殺し合い続けたいくらいなのにな――!!」
双刃の狂気に満ちた形相。それはまさしく、魔だ。
「お前は、本物だな?」
京太は彼がかけた言葉に笑みを張り付かせた双刃の腹を蹴り上げた。
床に転がる双刃の上に、今度は京太が馬乗りになる。
とどめとばかりに歩みを止めた双刃の分身は消えてなくなった。京太の眼の前にいるのは質量を伴った幻などではなく、間違いなく双刃本人だ。京太はこの瞬間を狙い、敢えて地に伏せたのだ。
「終わりだ、双刃。――往生しな」
京太は『龍伽』の刀身を抜く。逆手に構えたそれを双刃の胸を貫くべく振り下ろそうとして。
足元に広がる魔方陣が、青白く輝いた。
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