Chapter6 終焉りの再誕り(おわりのはじまり)

Chapter 6-1

 京太が目を覚ませば、そこは自室の床の上だった。

 脇に控える紗悠里の姿が見える。


「紗悠里……」

「若様……! お目覚めになられたんですね」


 紗悠里の声に呼応してか、襖が開き棗が顔を出す。


「若!」

「おう」


 京太は頷き、身体を起こす。休息は充分だ。見れば、双刃に刺された胸の傷は完全に癒えていた。傷痕に手を当てると、どこか暖かい力の残滓のようなものを感じる。


「不動様があやめ様を呼んでくださったんです」


 道理で。京太は胸中で妹に感謝を告げる。


「それで、あれからどれだけ経った」


 京太の問いに、紗悠里と棗はその意中を察して佇まいを直す。京太は今の時間だけでなく、これまでの組の動きを訊いているのだ。それは玖珂紗悠里という一人の少女にではなく、扇空寺組頭領の側近頭への問いかけだった。


「まだ半日です。今はあやめ様のご指示により若様の部屋は面会謝絶、私がお世話を、棗さんが部屋の番をしています」

「なるほどな。……すまねぇな、紗悠里、棗」


 内情については把握した。紗悠里たちには余計な負担や気苦労をかけただろう。京太は自分の失態で彼女らに迷惑をかけたのを詫びた。


「紗悠里、不動を呼んできな。それと酒も頼むぜ。とびきり上等なのをよ」

「畏まりました」


 紗悠里は部屋を後にし、酒を用意して帰ってきた。京太は障子を開けて縁側に腰かけると、晩酌を始めた。


「へぇ、泡盛か」


 屋敷内に今はないはずのそれは、あやめが見舞い酒として持ってきてくれたものだという。わざわざ沖縄から取り寄せてくれた度の強い蒸留酒に京太は舌鼓を打つ。


 これが最後の酒になるとは思わない。だが大一番を前にした酒の味は格別だった。


 思わず瞳が紅く染まる。鬼の発現により急激に増した京太の存在感に、紗悠里と棗が揃って息を呑む音が聞こえた。鬼の力の制御が効かず、双刃に敗れたのを目の当たりにしている二人にはさぞ心配なことだろう。だが京太は二人を振り返り、鬼のまま不敵に微笑んで見せる。


「心配すんな。もうこの力に勝手はさせねぇよ。だから俺は今、こうして目を覚ましたんだからな」


 双刃の能力のなかで京太は真に鬼の力を手にした。それを説明せずとも、今の京太の様子を見れば安心していいのは一目瞭然だった。


 紗悠里と棗は顔を見合わせて、揃って肩の力を抜いた。


「にしても遅ぇな、不動は」

「なにか探し物をされているご様子でしたが……」


 紗悠里は襖を振り返る。開いたままの襖は、不動が来るのを待っているのだがその姿は未だにない。


「もう一辺呼んできましょうか」


 棗が立ち上がろうとしたところで、ようやく部屋に向かってくる人の気配がする。不動だ。

 現れた不動は襖の前に跪いて報告を始めた。


「遅くなって申し訳ありやせん、若。ご無事でなによりです。あやめ様にはあっしからご足労頂きやした。あやめ様は今、『螺旋の環』のみなさんとご一緒に鷲澤の元へ向かわれました」

「そうか。まあ、だろうとは思ってたがな……」


 京太は酒を一気に呑み干した。空いたグラスに紗悠里が酒を注ぐ。


「それと、これを」


 そう言って不動が差し出してきたのは、三枚の招待状だった。

 京太、紗悠里、棗に対して贈られてきたものだった。


「月島ホールディングス本社ビル……」


 月島ホールディングス。世界的に有名な大企業であり、水輝の父が社長を務める会社だった。


「紗悠里、棗、支度をしな」


 はい、と厳粛に頷き、紗悠里も部屋を出ていく。


 部屋の前に残った不動に、京太は星を見上げながら語りかける。


「なあ不動。父さん――先代頭領・扇空寺椿つばきを殺したのは、俺なんだな」


 京太の言葉に、不動は目を見開いた。悲痛な面持ちで訴える。


「どうして……、どうして思いだしちまったんですか、若。酷にもほどがある記憶です。それだけは、思いだしちゃあ欲しくなかった……っ!」

「昨日、鷲澤のじいさんとやり合ったあと、血が疼きやがった。いや、多分双刃と会ったからだろうな。それで夜、夢を見た。俺が鬼の血に目覚めた、あの日の夢を」


 全てを思い出した。家族で過ごした日々も。大切な友との出会いも。あの夜に何が起きたのかも。自分の犯した罪も。


 これは京太自身一応の理解はしている事実だが、父、椿は既に死んでいたと言っていい。鬼の力に侵された椿の魂はとうに失われ、その身体は鬼の力に支配された傀儡に過ぎなかった。鬼の力が父を殺し、父の身体で母を殺した。討滅すべき魔に成り果てた修羅を前に、京太のなかの鬼が覚醒し、椿の身体ごと悪鬼を討ち倒したのだ。


 その手で父の胸を貫いた瞬間を思い出す。


 これは鬼の力という人ならざる力を持つ自分が、それを戒めるために背負うべき罪だ。父の姿をした魔を討った自分だからこそ、退魔の頭領としての生き方を貫くことこそ義。


「不動、ウチの守りは頼んだぜ」


 鷲澤老は月島ホールディングス本社ビルにいるが、攻め込めば恐らく、あちらも扇空寺へ攻め込んでくるだろう。

 京太は立ち上がると、道場へ向かうべく部屋を出て襖を閉めた。


     ※     ※     ※


「……なぜです? 先程の奇襲、お見事でした。なぜ今の一撃で私を殺さなかったのですか」


 シュラの疑問は最もだ。


「てめぇが鷲澤に出入りしてるっつう外人だろ? 訊きたいことが山ほどある。そいつに答えてもらわなきゃあな」

「なるほど。では、自己紹介をいたしましょう。私は『黒翼機関』のエキスパート・シュラと申します。以後お見知りおきを」

「……扇空寺組頭領・扇空寺京太だ。鷲澤を使って妙なクスリをばら撒いてるのはてめぇだな。何が目的だ」

「それは現段階ではお答えできかねます」

「はっ、そいつぁ結構。……鷲澤のじいさんはどこだ」

「儂ならここじゃよ」


 その声は闇の中から聞こえた。一匹の蛇が、シュラの足元にすり寄りながら形を変えていく。

 それが人型を象ったとき、その姿は他でもない、鷲澤老その人に変わっていた。


 京太は鞘に収まったままの『龍伽』を叩き付けるかのようにシュラと鷲澤老に向けて構えた。

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