Chapter 5-2
満月の夜、散りゆく桜の木の下で京太は盃を交わした。虚空を舞う桜の花弁が盃の上に落ち、水面に波紋を立てて美酒を彩る。
度の強い酒は京太の喉を瞬く間に焼いたが、京太は味を愉しみながらも決して酔いが回ることはない。例えどんな酒であろうと、幾杯口にしようと今の京太が酒に溺れるはずがなかった。ただの人の身なればそんな真似は不可能が道理というものだが、京太には決して通用しない。何故なら彼の瞳は人ではありえない色に、真っ赤に染め上げられているからだ。
京太は自身に巣食う鬼の力を受け入れた。畏怖の対象として特別視するのではなく、自分の一部として認めることでその恐怖に打ち勝つことができた。恐らくこの力はもう、戦いを求めて京太の中で暴れ狂うことはあるまい。これまで自由に解放することの叶わなかった力を、京太は完全に制御下に入れていた。
鈴詠には感謝しなければならない。彼女の言葉がなければ、鬼の力を御する手段など講じえなかった。それに、ここがどこかに思い至ることもなかっただろう。
「まさか、こんなとこでてめぇと酒を酌み交わすことになるたぁな。双刃」
京太の隣には、同じく盃を酌んでいる双刃の姿があった。盃の端と端を軽く合わせて、口に運ぶ。
鷲澤の屋敷で胸を刺されたことははっきりと覚えている。なるほど、あれが黄泉平坂であるというならこれほどの皮肉もあるまい。京太が何よりも恐れた世界の中で無限の時を戦わねばならないというなら、それは確かに地獄に違いなかった。
双刃に刺された京太の魂は今、その『黄泉之國』の体現である力の中に取り込まれているのだ。
「鈴詠は、てめぇの中にいたんだな。あいつの魂だけが、未だにてめぇの中で彷徨ってやがる」
人の魂を自らの力と換える能力。彼が殺した鈴詠の魂をその力で取り込むのはごく自然の流れだ。四年前、双刃を殺した時に鈴詠が解放されるのを京太は見た覚えがない。
「四年前、俺が殺したのはてめぇじゃねぇ。魔であるてめぇが憑代にしていた、天苗双刃っていう人間の魂なんだな」
だからこそ、それを心得ている討魔の頭であるところの京太が今まで気付けなかったことが不思議で堪らなかった。
「ご名答。本当なら、こうして酒の肴に語り合ってるのもいいんだが。でも、俺たちはそれで満足できる種類の生き物じゃない。だろ? 扇空寺の鬼」
彼奴は酒を呑み干して嗤った。京太も次の酒を口にして薄く笑い返す。
「ああ。鈴詠の仇はまだ討てちゃいねぇ。討てちゃいねぇが――。今はそれより大事なことがある。俺はあいつを、空を助けなくちゃならねぇ。もしてめぇが邪魔するってんならたたっ斬る。それだけだ」
笑みを消した京太は、鋭い眼差しで双刃を睨み付ける。例え彼がまだ生きていようが、京太の胸中においては一度決着の着いた事件だ。双刃を討ち、鈴詠の魂を解放するのはいつか為さねばならない責務であったが、優先すべきは空の救出であった。過去に縛られるのはそれからでも遅くはない。
盃を置いて、京太は立ち上がった。彼の身体が光の粒となって消えていく。帰還の時だ。もう一度双刃と相見えることがあれば、躊躇うことはない。扇空寺の鬼は、天苗双刃という魔を迷わず斬り捨てて往くだろう。
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