Chapter 4-2

 まるで魂を抜き取られたよう。

 双刃の凶刃に倒れ、扇空寺の屋敷に運び込まれた京太の身体を前にして、四条しじょうあやめはそう感じていた。育ちのよさそうな少女の表情には憂いの色があった。


 京太の胸にはナイフで穿たれた細い穴のような傷があった。たったこれだけで扇空寺の鬼が死ぬわけはない。

 あやめは京太の身体に触れる。その身体にはまだ、確かな生命の息吹のようなものを感じる。だが京太自身はまるで息をしていない。魂だけがどこかにいってしまったような、不可思議な状態であった。なるほど、この状態なら医者ではなく私が呼ばれるわけだ。


 あやめは目を閉じて精神を集中させた。すると京太に触れている彼女の掌が淡い光を帯び始め、瞬く間に京太の胸の傷を塞いでいった。


「あやめ様、それで、若の容体は……」


 京太の傷を癒し、目を開けたあやめに不動が問う。あやめはゆっくりと不動を振り返る。


「傷は完治しました。でも、このままでは目を覚ますことはないと思います。身体は生きているのに、魂だけがない。魂が戻ってこない限りは、きっと……」


 あやめは言葉を呑み込んで目を伏せた。今にも溢れ出しそうな涙を堪えているような、沈痛な面持ちだった。


「……とにかく、今は安静に。紗悠里さん以外の人が出入りするのもなるべく避けてください」


 顔を上げたあやめはそれだけを告げ、淀みない動作で立ち上がる。彼女を先導すべく、同じく立ち上がった不動が縁側へ続く障子戸を開けた。


 障子が開いた瞬間、縁側で待機していたが棗や『螺旋の環』の面々が揃ってあやめを振り返る。


「頭領様の部屋は、これより面会謝絶とさせて頂きます。棗さんは部屋の番を。紗悠里さん以外の方は部屋へお通しなさらないようお願いします。『螺旋の環』の方々は応接間へお越しください。お話があります。不動さん、一部屋お借りしますね」

「ええ、どうぞご自由にお使いくだせぇ」


 不動を連れ立って、あやめはその場から去っていく。『螺旋の環』の面々もそれに続いた。


 あやめは、不動の案内なしでも、勝手知ったると言った風に淀みなく歩を進めていた。やがて辿り着いたのは、玄関からほど近い来客応対用の座敷だった。


「それでは、茶をお持ちいたしやす」


 全員を部屋に通した後の不動の申し出をあやめは笑顔で受け入れた。

 上座に座るあやめの、テーブルを挟んで反対側には朔羅、なぎさ、水輝が座った。


「改めまして、私、四条家の現当主を務めております。四条あやめと申します。今回の事件、四条としては全容を把握したい考えです。お話し頂けませんか」


 四条といえば、表向きにはこの地を古くから治める大地主たる名家であり、裏の世界においては死浄を生業とし穢れを祓う――端的に言えば治癒能力を以って名を馳せてきた一族である。先ほどあやめが京太に対して行った治療も、その能力によるものであった。


「はい。私たちはアトリエ魔法使いの拠点を訪れた男の人――『黒翼機関』のエキスパート、シュラを名乗る人物に招待状を渡され、鷲澤邸に向かいました。私たちの友人である、神埼空さんが鷲澤に攫われたからです」

「そこで対峙したのが、天苗双刃。僕や京太君の幼馴染みであり――『魔』として京太君に討たれた人でした」


 なぎさと水輝の説明の最中、俯いて一言も発しない朔羅はより悲痛な面持ちで顔を背けた。

 京太が刺される瞬間、身動きすら取れなかった自分が悔しくてたまらないのだ。


 朔羅が歯を噛み締める音が聞こえてきそうで、なぎさは彼女から目を逸らさずを得なかった。


「僕たちと彼の戦闘のあと、京太君が鷲澤邸に到着しました。しかしその京太君も、天苗双刃には敵わず……」


 水輝の言葉を受け、あやめは驚愕に目を見開いた。


「……わかりました。四条には『魔』と戦う術は少ないですけれど、『螺旋の環』への支援は惜しみません」


 あやめは緊迫した面持ちで告げた。『螺旋の環』と四条の共同戦線はここに確約された。


「そういえば、なぜ四条の方がここへ?」


 なぎさの質問に、あやめは困り切った笑みを浮かべた。そこ、気になっちゃいます? と。この瞬間だけ、彼女の素が垣間見えたようだった。

 あやめは『螺旋の環』の三人を見据えた。


「扇空寺の頭領様――扇空寺京太は、私の実の兄なんです」

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