Chapter 3-5

 雨が降り始めていた。


 鷲澤邸に辿り着き、車を降りる。目配せすると、車はそのまま走り去った。

 門の方を見やれば、そこには何者かの姿がかすかに見えた。


 近付けば、その正体はすぐにわかった。そこに立っていたのは、あの日、京太が殺したはずの少年である。

 その足元には、馴染みの三人が倒れ伏していた。


「朔羅、会長、水輝!」

「京太、君……」


 息はある。

 駆け寄ろうとすると、立ちふさがるように彼奴が動いた。


「やあ」

「……てめぇか。双刃」

「そんな顔するなよ。別に死人が化けて出た訳じゃないさ」

「てめぇはあの時、間違いなく殺したはずだぜ」

「どうだか。現にこうして生きてる」


 京太は刀を構える。持っていたのは『龍伽』ではない代物だが、正真正銘の真剣であり、こと人間を斬ることに関しては絶大な殺傷力を誇ることに変わりはなかった。


 対する双刃も、ナイフを順手で構える。


 雨脚は強くなっていく。濡れた服が肌に張り付く。


「てめぇ、鷲澤に手ぇ貸してんのか」

「だったら?」

「決まってらぁ。てめぇが双刃だろうが亡霊だろうが関係ねぇ。こいつらに手ぇ出したお礼もだ。たたっ斬るぜ」


 瞬間、地面を蹴る。一足飛びに双刃の懐へ飛び込み、逆袈裟気味に斬り付ける。双刃はしかし、この神速の斬撃を飛び退いて容易く避けようとして――京太の動きが変化する。


 ――扇空時流、霞桜。


 刀は振り抜かれず一旦降ろされた。先の斬撃からここまで、京太は足の動きを止めることなく前へ踏み込んでいる。双刃が飛び退いた、その着地地点より更に奥へと潜り込み、反転する。その勢いとともに刀を大きく横へ振る。


 扇空寺流の型の一つ、『霞』の動きであった。


 だが、この剣戟の軌道が双刃を確実に捉えた瞬間、京太の脳裏にフラッシュバックするものがあった。夢の中で蘇った記憶だ。父の凶刃に母が倒れ、血まみれで、周囲は炎に焼かれて、ただ、怒りだけが自分のなかを支配して――。


 京太は剣を止めて後ろへ飛びずさった。双刃は拍子抜けした、とでも言わんばかりに訝しげな視線を向ける。


「おっと。まさか、人間の身体は斬れない、なんて言わないよな」

「……チッ。んなわきゃ、ねぇだろうが……っ!」


 言いながら、しかし京太は自身の胸を空いている手で押さえた。身体が熱い。今にも沸騰しそうなほど血が疼き、全身を燃え上がらせ始めている。くそっ、またか! 鬼の血が、戦いを求めて疼き出していた。


 京太は自身を襲う暴力のような熱量に耐え切れず膝を付く。刀を支えになんとか立ち上がろうとするも、先日の比ではないこれは今にも京太の身体を内側から蹴破って外へと溢れ出そうとしていた。


「これは、白けるね。鈴詠が心配してるぜ?」

「な、に……!?」


 双刃の言葉に、京太は目を見開いた。鈴詠が? どういうことだ?

 京太は彼が堂々と鈴詠の名を出したことに怒りを感じた。てめぇが鈴詠を語るんじゃねぇ。鈴詠はてめぇが殺したんだろ――。


「まさか、てめぇ……!?」


 京太の問いには答えず、双刃はニヤリと笑みを浮かべた。身動きが取れず蹲る京太の元へ歩み寄る。


「京太、君……!!」


 朔羅たちは立ち上がることもできず、その光景を見ていることしかできなかった。


 京太は息も絶え絶えな状態で双刃を睨み付ける。だが、為す術などないに等しかった。自身の前に迫りくる死を目の当たりにしていても、血の疼きに抗うことで精一杯の今、立ち上がることすらままならないのだから。


「答えろ、答えろよ双刃……! 鈴詠は、鈴詠はてめぇのなかに――」

「やっぱりつまらねぇよ。人間のときのお前は」


 双刃の突き出したナイフが、京太の胸を貫いた。

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