Chapter 3-3

 地下鉄の駅から歩いて15分ほどの距離に、その時代に取り残されたような木造の建物は軒を連ねていた。

 アンティークショップ『螺旋の環らせんのわ』。軒先に吊るされた小さな看板には、いかめしいレタリングでそう記されている。


 そしてこの日、朝早くにここを訪れる男の姿があった。

 男はシルクハットに燕尾服という出で立ちの、西洋人である。


 ドアベルの音が店内に鳴り響く。


「申し訳ございません、まだ開店時間ではないんです」


 店内にいたのは眼鏡の少女――なぎさ。京太の通う高校で生徒会長を務める少女だ。

 彼女はここのオーナーであり、住人でもあった。


「ああ、いえいえ。私は客という訳ではないんです」


 慇懃いんぎんに微笑む彼は、シルクハットを取りつつ深々と頭を下げる。


「私、『黒翼機関こくよくきかん』のエキスパート――いわゆる幹部を務めております、シュラと申します。以後、お見知り置きを」

「『黒翼機関』のシュラさん……。それで、なんのご用でしょうか」


 聞きなれない名前に戸惑いながら、なぎさは応対する。


 頭を上げ、シルクハットを被り直したシュラは答える。


「はい。実は私、かつての大魔法使いイリス・ウィザーズが作り上げた魔法使いの拠点アトリエに興味がありまして」


 なぎさの目付きが変わる。


「……なるほど。同業者という訳ですか」

「いえいえ、そんな御大層なものではありません。むしろその対極に位置する者……と言った方が正しいでしょうか」


 なぎさの手に弓が現れ、彼女はそれを構える。

 対してシュラは、その微笑みをかすかに深める。


「今からちょうど50年前ですね。扇空寺京太の祖母・イリス・ウィザーズと、祖父・|扇空寺辰真が終焉の魔神を打ち倒し、五大英雄と呼ばれるようになったのは。

 五大英雄と言えば、このアトリエの共同出資者である赤羽あかばねサツキもその一人でしたか。ふふ、そう考えると恐ろしい場所だ、この町は。かつての英雄の孫の世代が勢力を広げつつある。だからこそ興味深く、こうして足を運んだというわけです」

「……それで? ただ見学に来ただけという訳ではないんでしょう?」


 つがえる矢の先を向けられても、シュラはその笑みを崩さない。

 内ポケットから取り出したのは、三枚の招待状。


「穂叢なぎさ様。風代朔羅様。月島水輝様。鷲澤邸、三名様分の招待状です。あなたがたのご友人、神埼空様をお預かりしてお待ちしております」


 シュラの周囲を、突如として突風が吹き荒れる。

 その風が消えると、彼の姿は忽然と消えていた。


 風に乗って、招待状がなぎさの手元に届く。これを手に、なぎさは店の奥へと踵を返した。

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