Chapter 3-2

 京太はハッと目を覚ます。


 ――今の夢は……?


 呼吸は荒く、全身が汗だくだった。

 眠っていたはずなのに、全身が疲れと痛みを訴えてくる。血が疼くかのような感覚がまだ残っている。


 呼吸を整えながら辺りを見回した。

 大丈夫だ。そこはいつも通りの京太の自室だ。何も燃えたりはしていない。


 ましてや父と母の亡骸など――!


「――ッ!」


 頭痛が酷い。こめかみを押さえながらなんとか身を起こす。


「若様、お目覚めでしょうか」

「……紗悠里か。ああ、起きてるよ」


 京太の声に襖を開けた紗悠里は、京太の様子に目を見開く。


「若様、いかがなさいましたか!?」

「変な夢見ちまっただけだ。心配すんな。シャワー浴びてくっからよ、布団だけ片付けといてくれ。それと、今日は稽古はなしだ。わりぃな」

「いえ……。いってらっしゃいませ」


 京太は立ち上がり、自室を出る。

 風呂場で寝汗を流し、水を飲んで一息吐くと次に向かったのは仏間だった。


「若。おはようございやす」

「いたのか、不動」


 仏間には不動の姿があった。

 仏壇に手を合わせていた不動は、京太が現れたことで顔を上げる。

 珍しくサングラスをかけていない、素顔の不動だった。


「そうか……。討ち入りのあとはいつもそうしてんのか?」

「はい。毎回あっしから、若の仕事ぶりをお伝えしていやす」


 久しくこの男の素顔を見ていなかったなと思いつつ、京太は不動の隣に座る。


 両手を合わせて黙とうをささげる。

 先代頭領――京太の父は、京太が七歳のときに亡くなった。『魔』との戦いのなかで死んだと聞いている。


「父さ……先代は?」

「まあ、普段は飄々ひょうひょうとして、掴みどころのないお人でしたが……締めるところはしっかり締める、そんなお人でした」

「ははっ、そりゃまた、ウチの頭領らしい」

「でしょうな」


 笑い合うと、京太は口元を引き締めた。

 見上げる先には四枚の遺影がある。左から辰真、祖母、父、母。


 白黒の父と母の顔は、夢で見たそれと同じだった。


「若? どうかしやしたか」

「……いや。ただ、ちょいと夢見が悪くてな。それぐらいで親の顔を見に来るたぁ、俺もまだまだガキだな」


 自嘲して視線を落とす。


「それで不動、鷲澤んとこの動向はどうなってる」


 あれから。

 空を人質に取った鷲澤は、呵々と大笑して踵を返した。

 京太たちは何もできず、その後姿を見送ることしかできなかったのだ。


「大人しいもんでさぁ。空の姐さんも無事です」

「そうか……。ひとまずどうこうする気はねぇってこったな」

「ええ、そのようです」

「どう出てくる、あのクソジジイ……」


 人質を取ったなら、何かしらの交換条件を出してくるはず。

 一刻も早く空を奪還すべく動きたいところだが、今はまだ身動きが取れないのも事実。


 そしてなにより、天苗双刃。ヤツの存在がこちらの動きを迷わせる。


「野郎、生きていやがるとはな……」

「ええ……。今は鷲澤に付いているようですが、ヤツがどう動くか」


 京太は頷く。


「……ここでする話じゃねぇな。移動するか」

「ウス」


 二人は立ち上がり、居間へ向かう。

 と、その途中。なにやらこちらに駆けてくる音がする。


「若!!」


 棗だ。京太は血相を変えて走ってきた彼を咎める。


「うるせぇぞ、どうした」

「鷲澤から、これが……」


 棗が渡してきたのは、一通の便箋だった。

 京太はそれを受け取り、読み上げる。


「人質の少女、返してほしくば頭領一人で来い……か。なるほどな、シンプルでいいじゃねぇか」

「若! 罠ですぜ!」

「わかってらぁ。けど乗ってやらなきゃ始まらねえだろ」


 京太は便箋を握りつぶし、投げ捨てる。


「行ってくる。全員、なんかあったときに出られる用意はしとけ」

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